散歩
春、父に殴られて外に飛び出した。
どこに行く当てもなく、ただ、足の向くほうへと歩いた。
桜、チューリップ、木蓮。
色鮮やかな花たちの季節の中、自分は目を腫らせて。
桜吹雪の中、一人で散歩した。



夏、バイト帰りの夜。
なま暖かく、どの季節よりも厚みのある夏の夜。
身体にまとわりつく不快感と、腹の奥が縮むような恐怖でどうにかなりそうで。
家に帰れば父がいる。
しかし、こんな夜は出歩きたくない。
こんな時に限って、あの偉そうな男の顔が浮かぶのだ。
遠くに聞こえる祭り囃子に包まれて、海馬を思って散歩した。



秋、少し肌寒くなった。
この季節は植物の匂いがきつい。
夕方、海馬の家に向かう途中に金木犀を見つけた。
きつい匂いを放つこの植物を、嫌いではない。
夜、海馬が帰ってきて、金木犀の匂いがすると言った。



冬の朝、寒さで目が覚める事は少なくなった。
ふっと、目が覚めると、暖かな人の腕に包まれている事が多くなった。
柔らかい布団、暖かな体温、緩やかな時間。
雪が降ったら、散歩に行こう。
春に歩いた桜並木を。
夏に恐れたあの道を。
秋に見つけたあの金木犀を。
海馬と一緒に見に行こう。








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