不思議の国のアリス
ある日、近所の公園でウサギ男をみかけた。


その日はとても天気がよく、家の中で大人しく勉強なんてしている気にならなくなって、母が作ってくれたお弁当を持って外へ出た。
公園、と言っても砂場やら滑り台やらがある小さな公園ではなく、まるまる森一つが敷地内にある巨大なもの。城之内はその公園内にある大きな木の根本がお気に入りだった。
木々の合間に漏れる太陽の光だったり、ざわめきだったり、鳥の鳴き声だったり。寝るには最適の場所だった。

木の根本に腰を下ろし、母に作ってもらったお弁当を広げ、さあ食べよう、という所でその男は現れた。
城之内がいるあたりは人気のない森の一角。普段そこにいて人の姿を見ることはない場所で、城之内は視界の隅に人影を見た。
珍しい、と思ってそちらに目をやり、城之内は持っていた箸を落とした。燕尾服のような衣装に、白い手袋。それだけでも公園内にいる人の姿形としてはおかしいが、さらに城之内の目を引いたのはその男の頭にウサギの耳のようなものをみたからだ。

「・・・・・・・・ウサギ?」

茶色の髪から生える白いウサギの耳はピン、とまっすぐに上に向いていた。
ウサギ男はポケットから何かを取り出した。遠目でよくわからないが、恐らく懐中時計だと思う。ウサギ男はそのまま早足で森の奥へと消えて行った。城之内は慌ててお弁当を包み直し、バスケットに入れてそのウサギ男の後を追って森の奥へと入っていった。






「・・・・・・つーわけでこんなわけわかんねえ所に迷いこんだのはあのウサギ野郎のせいなんだよ。」

「そうかなあ。僕はウサギ男さんを追ってきた城之内君の自業自得に思えてしかたないんだけど・・・」

スカートのまま地べたに座り込んで話すアリスにシャム猫はあははと笑いながら答えた。
二人がいるのは先程までアリスがいた森ではなく、虫が喋ったり花が歌ったりしているアリス曰く摩訶不思議な森だ。
ウサギの耳を生やした男を追ってきたアリスはこの森に迷い込み、パニックに陥っている所でシャム猫と名乗る目の前の少年に出会った。
頭に猫のような耳が生えていようがお尻から尻尾のようなものが揺れていようが見た目は少年に見えるシャム猫にアリスは助けてくれと縋った。
「虫やら花にくらべりゃあましだ!」
とはアリスの弁である。
「なんだよ!シャム猫はあんな変態の肩もつのか?!いい年してウサギ耳生やしてるようなやつだぞ!女の子ならまだしも男だぞ!むしろ女の子だったら俺は喜ぶ!」
「アリス、それはいくらなんでも言い過ぎだよ。ウサギ男さんも好きで耳生やしてるわけじゃあないと思うよ。それだったら僕だった猫耳生やしてるじゃないか。」
シャム猫は自分の頭に生えている耳を引っ張って尻尾をゆらゆらと揺らした。
「お前はいーんだよ。似合ってるし、いいやつだから。」
「ありがとう。」
少し恥ずかしそうに微笑んで、シャム猫はアリスの母が作ったお弁当からサンドウィッチを一つつまんで口に運んだ。
「それに比べてあのウサギ男のウサギ耳の似合わなさっぷりと言ったら!キモイの一言だな!」
「あははは、確かに彼に耳は似合わないよね。」
「だろ・・・ってシャム猫、お前あいつのこと知ってんのか?!」
シャム猫はまあね、と口にサンドウィッチを含んだまま答えた。
「彼は時間を管理しているウサギさんだよ。彼は女王様の謁見に行く途中でアリスのいた森の中を通ったんだ。」
シャム猫はこの森について色々と教えてくれた。
この世界はハートの女王様が治めているのだと言っていたのをアリスは思い出した。
「ハートの女王様の手下なのか?」
「いや、彼は時間の管理人だよ。誰も彼を下に置くことは出来ないんだ。」
アリスはキョトンとシャム猫を見た。
シャム猫は笑って立ち上がった。
「誰にでも時間は流れてる。ウサギさんはそれをたった一人で管理しているんだ。彼がいなければこの世界は成り立たない。それに、彼の機嫌を損ねて自分の時間を止められたらどうしようもないからね。」
だから、だれも彼を下に置くことなどできないんだよ、とシャム猫はアリスを見下ろした。
アリスにはよくわからない制度だが、このシャム猫が言うのだ、あのウサギ男は随分と重要な役目を持っているのだろう。
アリスも立ち上がり、スカートについた砂を払ってシャム猫に尋ねた。
「そんなに偉いんだったらそいつが王様とかにはならないのか?」
「彼はそんなことに興味がないみたいなんだ。時間を管理するのも大変なのに、更にこの国を治めるなんて面倒くさがってやらないよ。」
そんなことよりも、とシャム猫は胸元のポケットから真っ白い封筒を取り出した。
「お茶会に招待されているんだ。もしよかったら一緒に行かない?」











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