ペイン
城之内は、海馬の後ろ姿ばかりを見てきていた。
自分は遊戯の付属品か、ギャラリーとしか見られてはいなかったと城之内自信は思っている。
そう思っていたのは城之内だけで、海馬はしっかりと城之内を見ていた。
同じデュエリストとして認めてもいた。成長を楽しみに思っていた節もあった。
しかし城之内は気づくことができなかった。
彼は、自分に向けられる感情、特に好意に対しては鈍すぎた。
それは彼の幼い頃に原因がある。

城之内は父に殴られ、母に捨てられ、友に恵まれなかった。
人格形成に一番影響を与える時期に、彼は独りでいた。
憎悪、嫌悪、嫉妬、それらの負の感情を向けらればかりの毎日を過ごした彼にとって、好意や善意がよくわからなくなっていた。
父は職を失ってから家庭内で暴力を振うようになった。
母は静香を、城之内の妹を守るために家を出て行った。
そして、自分は稼ぐために小さい頃から仕事をしていた。
一体何を憎んで、何を悲しんで、何を望めばよかったのか、城之内には今でもわからなかった。
ただ、稼がなければ父と暮らしてはいけなかったし、父の暴力に耐えなければ母たちを守ることはできなかった。
城之内は、自分が不幸なのか、それすらもわからなかった。

高校に入り、ある程度稼げるようになってから、やっと回りを見回す余裕ができた。
友人と、呼べるものができた。
決して、傷つけたくない人たち。
それが、友なのだと城之内は思った。
傍にいたいとも思った。ずっと、共に。
告白というものをされたこともあったが、城之内にはわからなかった。
好きだという、その言葉が。
好きだとか、愛しているというものは決して自分とは関係がないもので、本やテレビの中の出来事だと思っていた。
でも、城之内の目の前に立つ少女は自分を好きだといった。自分なんかを。
ゴメン、と気がついたら口にしていた。
何に謝っていたのか、城之内自信にもわかりはしなかったのに、謝っていた。
自分自身に謝っていたようにも思えるし、涙をこらえて肩を振わせている少女に謝っているようにも思えた。
恋、というものに謝っていたようにも、城之内には思えた。

自分を好きだと、友は言う。
自分がずっと好きだったと、少女は言う。
好きとは、なんだ。
心を動かすなんて、心がどこにあるのかわからないのに出来るわけがないと城之内は思う。
脳の中か、心臓の中か、お腹の中か、手の中か、目の中か。
涙を流すのは、その場にあったと考えたから。
怒りを表すのは、そうするのが一番だと考えたから。
考えて、考えて、自分は行動する。
感情が勝手に出てきたことなどない。
思わず、とか、我慢できなくて、とか城之内にはわからない。
悲しいから泣くんじゃない。
嬉しいから笑うんじゃない。
悔しいから怒るんじゃない。
城之内はそうだと思っていた。


海馬は、城之内を馬鹿だと思っている。
頭も馬鹿だが、性格も馬鹿だと思う。
自分は悲しいと思ったことがないと言う。
嬉しいと思ったことがないと言う。
悔しいと思った事がないと言う。
海馬は思う。
では、友と一緒にいたいと願った思いはどこからきたのかと。
カードを今でも続けている理由はなぜなのかと。
海馬の傍にいるのは何故なのだと。
城之内は既に知っているのに、知ろうとしないのだと、海馬は言う。
お前はわかっているのにそれがわからない振りをして自分が傷つくのを恐れているのだと言う。

「・・・・・・・・・苦しいんだ苦しいんだ苦しいんだ!」

既に大きなヒビが入っていた城之内は海馬の一押しで決壊した。
城之内には分かっていた。
分かっていたから知りたくなかった。

「痛くて寒くて寂しくて恋しくて愛しくて・・・苦しくて・・・・」

抱きしめていてくれと城之内は海馬に言う。
ずっと前から願っていた、望んでいた。
海馬は城之内を抱きしめて愛していると囁いた。










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