赤い目の子猫
「お前、どこから来たんだ?」
いつもの仕事の帰り道。
細い路地をいくつも抜けて家路につくと、小さな猫が隅にくるまっていた。
手の中に入ってしまう程小さな黒猫は、寒さで震え目を閉じていた。
しゃがんで、猫を拾い上げ家へと連れ帰る。
黒い仔猫は赤い目をしていた。

恐怖のせいか、身体の震えは止まらず、仔猫を一層小さく見せていた。
タオルでくるみ、膝の上にのせてやると、次第に震えはなくなった。
ミルクをやれば休むことなく飲み続け、あっという間に皿は空になった。
仔猫は椅子の上に置いてあるタオルを寝床と決めたのか、気持ちよさそうに腹を上下させていた。
名前を決めてやらなくては。

猫が来て、数日経った。
城之内は夜仕事に出かけ、朝方近くに帰り、昼間で眠るという生活をしている。
猫は夜行性と聞いていたが、仔猫は夜に寝、昼に活動をしていた。
猫の鳴き声で目が覚め、一緒に食事を取る。
城之内はパンを一枚、猫はミルクを一皿。
暫く一緒に戯れて、猫を肩にのせ散歩に出かける。
そのまま友人の家にいくこともあるが、公園で過ごすこともある。
そして夕方に家に帰り、猫は眠り城之内は仕事へと出かける。
まだ、猫に名前はなかった。

雪の降ったある日。
猫は窓から外を眺め、城之内に外へ出たいと鳴いた。
猫は炬燵で丸くなるものだと思っていた城之内は少し驚き、コートを着て、そのポケットに猫を入れて外に出た。
身を刺すような風の冷たさに、首を竦め、ポケットから顔を出す猫の頭を押し戻した。
暫く歩けば、どこまでもつづく白い塀に出くわした。
この塀の向こうにどんな男が住んでいるのか、城之内は知っている。
暫く佇んでいると猫が小さく鳴いた。
猫の小さな身体を両手で持ち上げて、塀を見せる。
「このでっかい家に住んでるやつは、俺の知り合いなんだよ。」
猫に話しかけるように、城之内は呟き、猫はそれに答えるように小さく鳴いた。
「帰ろうか。」
ポケットに猫を戻して、城之内は家路へとついた。

街一色がクリスマスに彩られ、仕事へ行く城之内にもクリスマスが近づいていることを知らされる。
以前の城之内は稼ぎ時だと、友人達と遊ぶこともせずバイトを入れていた。
今でも友人達と共にクリスマスを祝おうと誘われるが、城之内は首を横に振り、家に帰るのだ。
黒い、赤い目をした猫が待っている。

猫を拾ってから一年が経つ。
それを祝うのと、クリスマスを祝うのに、猫にいつもの缶詰より高いものを買って、家に帰った。
ドアをあけるといつも駆け寄ってくる仔猫は、ただいまと言っても、出てこなかった。
寝ているのか、といつもの寝床を確認して、部屋中を探した。
猫はどこにもいなかった。
買ってきた猫缶を机の上に置き、初めて猫がこの家に来たときに寝ていた椅子に、倒れ込むように座る。
「…また、ひとりになっちゃったな。」
自分と一緒でないと外に出なかった猫が、いなくなった。
猫の赤い目を思い出して、別れた男の青い目を思い出す。
ずるずると、椅子から落ちるように地面に座り込み、涙を流す。
男と別れて流すはずだった涙。
それは赤い目を持つ黒猫の出現で大分遅れて流れ落ち、手の甲に滴を落とす。
涙が落ちる音と、嗚咽が響く空間に、無機質なチャイムの音が広がった。
何も考えられず、涙を拭くこともせずに城之内はドアを開けた。

「城之内、」
青い、目をした男。
ここにいるはずのない男を目の前にして、城之内は固まった。
驚きのあまり涙は止まり、自然と身を守るために両手で二の腕を掴む。
どこか痛そうな顔をした男は、音を立てずに歩み寄り、城之内の頬に手を当てた。
「泣いていたのか」
昔のように優しい声音で気遣う男が信じられず、後ずさりする。
それを追うように身を乗り出して抱きしめられた。
「すまない、」
「すまない、」
謝り続ける男が信じられず、消えてしまわないように服を掴んだ。
もう二度と感じることなどないと思っていた体温を感じ、城之内は一粒涙を流した。







「海馬と別れた日に、赤い目をした黒い仔猫を拾ったんだ。」
「今日、黒猫がいなくなって、海馬がここにきた。」
「猫がいてくれたから、俺はお前を思って泣くことはなかった。」

「あの猫は、サンタクロースだったのかもな。」










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