囁く理由
今の時期、海馬は忙しいそうだ。
去年よりも今年のほうが忙しい。
一昨年よりも去年のほうが忙しい、という感じで年々忙しくなっているこの男は嬉々として仕事へと行く。
仕事というよりも趣味に近いものがあるのだろう。
人の上に立つ事も、命令することも、窮地に立たされた時はそれをどう乗り越えるかを考えるのが嬉しいらしい。
城之内からみれば、そんな海馬は自分の理解を越える生物だ。
バイトを掛け持ちしているため学校以外の時間はほとんどといっていいほどバイトにつぎ込んでいる城之内が呆れるほど海馬は仕事へと向かう。
仕事だといって自分と会う時間を削るのは悲しいし、悔しい。
しかし、仕事から帰ってきた海馬を見るのが城之内は好きだった。
この男が疲れた時にみせる顔が好きなのだ。
いつもは人を射殺すような瞳が疲労のせいで弱まるのをみると、妙にそそられる物がある。
普段でも色気のある男だが、帰ってきて、溜息をつきながらシャツの腕のボタンを外す仕草はなんとも言えぬ艶がある。
海馬の部屋で、そんな海馬を見るのが好きだと、城之内は思う。

「なぜ、こちらを見る」

「おまえが、好きだから」

この男は、自分に向けられる愛情に慣れていない。
だから、城之内が愛している、好きだ、と告げるとその言葉を初めて知ったかのような顔をする。
そんな海馬を、城之内は可愛そうだと思う、愛しいと思う。
だから、城之内は言う。

「お前が、大好きだよ」

何度も言う。
何度も言えば、海馬も愛情を受けることに慣れるだろう。



現に、ほら。

「愛してる」

困った顔で、笑うんだ。










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