散りゆく桜
「散歩に行こうか」


ある夜、城之内は夕食の後そう言って俺を誘った。
昼間に散歩に誘われることはあったが、夜誘われるのは初めてだ。
暗闇が恐いお前が珍しい、と言うと偶にはいいだろう、と機嫌を損ねることなく城之内は微笑んだ。
敷地内を歩くとばかり思っていたが、奴は門の外へと歩き出していた。

「何処へ行く」

「行けばわかるよ」

それ以上の会話はなく、お互い無言で夜の街を歩いた。
まだ眠るには早い時刻、しかし人影はまったくなく、暫く歩いたがすれ違う人はいなかった。
日中は春の日差しで幾分温かくなってきたが、まだ夜は肌寒い。
こんな中散歩など、何かあったのかと訝しんでしまう。
チラリと城之内を見やればいつもの何も考えていないような顔を浮かべている。
時たまこちらを向いて微笑むだけだ。
心地よい無言のなか、城之内が足を止めた。
それにつられて自分も足を止め、周りの光景に息を飲んだ。
桜、桜、桜。
夜の闇の中にはっきりと浮かぶ桜の花びらが嵐のように舞い、視界を埋めていく。

「これは、すごいな。」

「やっぱり、お前も思うか。もう散り始めてるから、今日くらいしかないかなと思ったんだ。」

二人並んで桜並木を見上げた。
右手に温もりを感じて、強く握りかえした。
城之内の手が、僅かに震えているのは自分の勘違いではないだろう。
ここは、城之内にとって何かがある場所なのだと気がついた。
最近、よく自分を連れ回す城之内はこうして何も言わずに手を握るのだ。
普段の威勢の良さは何処へ行ったのか、静かに手を握りしめてくるだけ。








「そろそろ冷えてきた。帰るぞ」

「・・・うん、」

素直に頷く城之内の手は、もう震えてはいない。
そうやって、一つ一つ消化していくのだ。
自分と共に。

「帰ったら温かい飲み物でも用意させよう」

「海馬の入れた紅茶が飲みたい」

「…了承した」

二人で微笑み、手を繋いだまま家へと向かった。










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