恋愛奇談2
翌日、寝不足によってもたらされた重い頭痛は、朝から牧師の心をブルーにさせた。
霊が出るという話は本当だった。
普通の霊だったら、ここをすぐに出て行くものなのだが。
なにせ、その霊に恋心を抱いてしまったのだから、出て行くことが出来なくなってしまった。
この部屋に住んでいれば、もう一度会える。そんな微かな期待を抱いている自分に呆れて重い溜息がついつい出てしまう。
しかし、そんな暗い顔を浮かべて教会に行くことは出来ない。
自分で自分の頬を叩き、気合いを入れ直して牧師は部屋を出て行った。

家への帰路の途中、近所のおばちゃん方にお話を聞いた。
「あなたの住んでる家、色々噂があるのよ〜」
「へえ、どんなです?」
「ここだけの話、幽霊が出るらしいわよ、」
「貴方の前に住んでいた人たち、みーんな出て行っちゃって!」
「なんでも男の霊が出るらしいのよ!」
「あら、私は小さな男の子が二人出るって聞いたわよ?」
「あら、私は長い黒髪の女が出るってきいたわ!」
貴方は昨日大丈夫だった、と聞かれ、ワイ、牧師ですよ?
と答えると大体の人たちはああ、そうねえ、と言って納得をしてくれる。
このおばちゃんたちも例外でなく、それなら安心ね、と言ってネギをくれた。

管理人や、不動産に話も聞いてみたが、みな一貫して同じ事を喋っていた。
その1、男の霊が出る。
その2、二人の少年の霊が出る。
その3、髪の長い女の霊がでる。
ここまでは、大体が同じ。
不動産は牧師の前に住んでいた人たちのことについても話した。
牧師の前は若い夫婦。
その前は中年の親爺。
その前は医者の妻。
その前は3人家族。
皆、1週間もたたずに家を出ているらしい。
管理人は、住んでいた人たちについて、不動産より詳しく教えてくれた。
牧師の前の若い夫婦はその霊体験によって仲が悪くなり、その後離婚。
その前の中年の親爺はもとから薄かった髪がほとんどなくなった。
その前の医者の妻はノイローゼになり、旦那の病院に入院中。
そして、最初にその部屋に住んでいた3人家族の話を聞こうとしたら、
管理人は口ごもり、もう時間だからと、話を打ち切られてしまった。
他の住人にも、その3人家族のことを聞こうとしたら、皆、その後に入居してきた
から知らないと言っていた。
管理人の様子からして、その3人家族にこの心霊現象の鍵がありそうだと思考してから、ふと、何探偵の真似事のような事をしているのかと、虚しくなった。
今日は、もう諦めて、明日また管理人に話を聞こう。
自分の部屋に入り、また、あの霊がいないかと、辺りを見回した。
そんな自分に女々しいな、と悪態をつき、昨日と同じようにどかりと胡座をかき、
今度はビールではなく日本酒を飲む。
リビングの照明を少し落とし、月明かりの中で飲む酒を楽しむ。
そういえば、自分は青年の霊しか見ていないが、他の霊も本当にいるのだろうか?
そんなことをぼけっと考えていると、自分の横を何かが走り抜けていった。
ぞくり、と悪寒が走るが、あえて冷静な振りをして、後ろを振り返る。
すると、今度は青年の霊ではなく、まだ幼い、恐らく小学生くらいの少年二人がいた。
昨日見た青年と違い、その二人には人間らしさを感じた。
二人は牧師の事を気にするでもなく、二人で椅子に座って仲良さそうに話し込んでいた。
やはり、声は聞こえないが、楽しそうな雰囲気はこちらにも伝わってくる。
まるで、映画をみているような気がしてくる。
音声のない、カラー映画。
少年達はテーブルに向かい合って座っており、一人顔は見えないが、もう一人の顔はしっかりと見えた。
銀の髪、美しい緑色の目、そして右目に泣き黒子。
・・・・・泣き黒子?
どこかでみたことのある顔だと思っていたら、昨日みた青年にその少年は酷似していた。
しかし、本人ではない、という確証がなぜか牧師にはあった。
ワイが惚れた相手とちゃう。
すると、こちらに背を向けていた少年が振り向いた。
牧師は、自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。
黄金色の髪、どこまでも青い瞳、左目の泣き黒子。
そや、こいつや、ちっこいけど、こいつ昨日のやつや。
少年は、牧師に向かって微笑み、何かを話しかける。
しかし、声は聞こえない。
なんとか聞き取ろうとして近づこうとした瞬間、自分の横を女性がすり抜けていった。
こいつが、長い髪の女の霊か。
悪寒が消え去ることはないが、恐怖はすでに無くなっていた。
漆黒の髪を腰まで伸ばし、シャツとジーンズというラフな格好の女性。
後ろ姿しか見えないが、おそらくは美人だと予測がつく。
少年達は、その女性に向かって熱心に何かを話しかけている。
二人とも、嬉しくて仕方がないという顔をしている。
どこにでもありそうな幸せな家庭にみえた。
暫く、その3人を見ていると、再び隣に気配を感じた。
恐らく、ずっと自分の傍にいたのだろうが、あまりの存在感のなさに気がつかなかった。
霊に存在感があっても困るが、隣にいる相手はあまりにも儚い。
ゆっくりと、隣を見る。
そこには、昨日と同じように、両膝をかかえている青年がいた。
少年達を、じっと、無表情にみている青年がピアスをしていることに初めて気がついた。
話かけられない、そんな雰囲気の中で、黒髪の女性がこちらを振り返る。
予想通り、美人で、意志の強そうな漆黒の髪と同じ色の瞳。
愛しくて仕方がないという笑みを、浮かべる女性を青年は相変わらず無表情で見ている。
いや、表情はないが、青い瞳が悲しみを帯びているように見えた。

−・・・レム・・・−

耳元で、きのう聞こえた声が聞こえた。
今度は、青年の口はピクリとも動いていない。
でも、この声は昨日と同じ。間違えはしない。
恐らく、黒髪の女性がレムという名なのであろう。
ふと、昨日の事を思い出す。
青年の唇は、今思い起こせば『レム』と形取っていたかもしれない。
自分を見て、何故『レム』と・・・−−
ああ、髪の色か、と牧師は気づく。
彼女の髪と、自分の髪が漆黒だから、間違えたのか。
そう考え、ムッと不機嫌になる。
なんやねん、間違えんなや、わい男やで。
嫉妬という感情だとは気がついているが、情けないとは思うのだが。
ついつい青年を睨むように見てしまう。
八つ当たり。ああ、情けない。
また、ゆっくりと、青年がこちらに顔を向ける。
昨日と同じや。
だけど、青年は今度は微笑む事はなく、恐れをその顔に浮かべた。
少しづつ、距離が遠ざかっていく。
待て、行くな、と手を伸ばそうとする直前、青年の姿は掻き消えた。
それと同時に、少年達と女性の霊もいなくなった。











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