街一番のお金持ち、それはイコール街一番の権力者。
そんな家柄の主に、見初められたのがついこの間。
既に妻も、恋人も持つその男は、嫌らしい顔を浮かべながら、私の所へ来いという。
好きな人がいた。
隣の家に住む、優しい金髪の青年。
銀髪の兄と二人暮らしをしている青年は、優しく、私に淡い恋心を抱かせた。
思いを告げる勇気も持たず、挨拶を交わすだけ。
それでも、その人が好きだった。
だけど、この思いは消さなければならないもの。
あの男に見初められたら、何もかも諦めなければ。
自分の家を出る前夜、両親は私の前で初めて涙を流した。
すまない、不甲斐ない、お前には幸せになって欲しかった。
なぜ、私がこんな目に遭うのかと、助けてくれない両親を、呪った心は、既に無くなっていた。
そうだ、両親は、父と母は私を愛してくれていた。
私も、涙を流した。
ドアを、ノックする音がした。
まさか迎えに来たのかと、震えた。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
「メリル?聞こえる?」
その声に、はっとした。
まさかと思いながらも、ドアをゆっくりと開く。
そこには、金髪の青年と、銀髪の青年。
なぜ、ここに、と問いたかった。
だけど、金髪の青年の笑顔をみたら、涙が溢れて止まらなかった。
金髪の青年は、少し困った顔をして、私の頭を優しく撫でてくれた。
「君を、逃がしたいんだ」
「外に、車が用意してある。家族でこの街に行け」
銀髪の青年に手渡された紙は、この街より遙かに大きい大都市。
紙には、誰かの名前と、住所が書いてあった。
「この人の所に行けば大丈夫。追っ手もこないから、安心して。」
「なぜ、私にそこまで・・?」
「以前、君から貰ったクッキーのお礼」
前に、彼に渡した手作りのクッキー。
金髪の青年が甘い物好きだと知って、勇気を出して渡した。
おいしかったよ、と翌日言われて、凄く喜んだ。
「そんな・・・、あれで・・・、」
「暫くしたら、きっとこの街に戻ってこれるようにするから。その間だけ、」
金髪の青年はそう言うと、私の両親に同じ説明をして、外へと促した。
ありがとう、ありがとう、と泣きながら言う私に、金髪の青年は、また微笑んで、ハンカチを渡してくれた。
両親と、詳しい話をしている金髪の青年を見つめていると、銀髪の青年が私の横にいた。
「あ、あの、ありがとうございます、」
「別に、構わない。・・・・・あいつは、お前の菓子をいたく気に入っていた。」
「え、」
「あのエロ親爺にお前は勿体ない。」
一瞬、何を言われているのかが、理解出来なかった。
銀髪の青年は、ふっと、口元を綻ばせて、私の背中を押した。
「ヴァッシュは鈍い。苦労するぞ。」
急いで、と車に乗せられ、エンジンがかかる。
せめて、もう一度、と金髪の青年と、銀髪の青年の姿を見た。
ありがとう、という間もなく車は発進し、私たちは街を出た。
金髪の青年は、相変わらず微笑んでいた。
「いいの?ナイヴズ」
「何だ。」
「彼女のこと、好きなんだろう?」
「・・・・何のことだ。」
「わかるよ、ずっと、見てたじゃないか。」
「・・・・・・いくぞ、これからが大変だ。」
「はいはい・・・、彼女には、幸せになってほしいね。」
車の去った方向を見つめ、呟く弟に、自分のことには鈍いくせに、と溜息をついた。
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