長い悪夢
引き金を引き相手の足を打ち抜いた。
血を流して仲間に引きずられるように去っていく後ろ姿を眺め、もう二度とこんなことをしないでくれと願う。
僕がまた君の足を打ち抜いてしまうから。
後ろから町の人達の歓声が聞こえて意識をこちら側へと戻す。
食事を奢るよ、と食堂のおばちゃんが笑顔で方を叩いてくる。
ありがとう、助かるよ、と答えて、先程まで遊んでいた子供達を見つけた。
怪我はない、と声をかけようとしたら、子供達は後ずさりをして逃げていってしまった。
去り際に恐い、という声を聞いた。

僕も、恐いよ。

おばちゃんは気にするな、とやはり笑顔で言ってくれた。
銃撃戦をみたことがなかったんだろう、と。
おばちゃんの特製料理が出され、みんなはその周りで楽しそうに宴会を始める。
この町を救ってくれた英雄に乾杯、凄腕ガンマンに乾杯、色男に乾杯。
みんな楽しそうに笑っている。
店の端で恋人達が久しぶりの逢瀬を楽しむ。
今夜どうだいとその手の女性達に声をかけられ、酔った振りをして誤魔化す。
綺麗で清潔な髪、毎日お手入れをしているだろう綺麗な肌、着飾って化粧をして。
美しいと思う。なんて、美しい生き物たちだろうと。
夜も更け、またつづく宴会の中をすり抜け、宿屋へと足を向ける。
月夜だけの明かりが町を包みこみ、自分の影を長く大きなものへとかえる。
ちらほらと、羽目を外しすぎた人たちが通り過ぎてゆく。
ありがとう、すごいね、お疲れ、お休み。お休み。
酔った振りして笑顔で歩き、宿屋のドアを開けて、部屋につづく階段を上る。
まだ、にこにこと笑って、誰も見ていないのに酔ったふり。
部屋に入ってどさりとベットに倒れ込んで一人寂しく涙を流す。
にこにこ笑って顔を赤くして頬を濡らす。
なんでかなあ、なんでかなあ。
涙が止まらない。
胸が痛い。
身体が軋む。
心も軋む。
寒い。

夢を、みる。
青い空と、緑の芝生。
ささやかに吹く風とそびえ立つ大木。
人工的な青さが懐かしかった。
本物でない芝生に心が癒された。
寝っ転がって、土に頬を擦りつける。
遠くから、名前を呼ぶ声。
ああ、レムかな、それともナイブズかな。
振り返って、微笑む。
あれ、ナイブズ、どうしたの?
ヴァッシュこそ、どうしたんだ。
二人背を向けて座り込む。
ナイブズの背中に寄りかかるように。
背中に懐かしい暖かさと同じ鼓動が聞こえる。
ねえ、ナイブズ。
なんだ?
なんでもないや。
幸せだった。
身体全体に、柔らかくて、暖かくて気持ちのよいものが広がっている感じがした。
もう一度、名を呼ぼうとして振り返ってぎょっとする。

ヴァッシュ、いい加減目を覚ませ
奴らに何度傷つけられれば気がつく
幾つ自分の傷を増やせば戻ってくる

自分の叫び声で目が覚めた。
実際には声を上げてはいない。
乾燥していて、咽がからからだった。
この星はいつも乾燥している。
携帯している飴を取り出して口に入れ一息つく。
夢の中で出会ったもう一人の自分。
彼も同じ夢の中にいたのだろうと思う。
彼は、先程の夢のように何度も自分に呼びかけてくる。
汗だらけだった。

町を出る時みんなに惜しまれた。
もう出て行くのか、もう少しいなよ、あんたが出て行くと寂しいね、またおいで、待ってるよ。
また、笑ってありがとう、と言って足を進める。
町の出口で子供達をみつけ、声をかけようとして、止めた。
まだ、顔には恐怖が残っていた。
少し、悲しそうな顔をして、でもやっぱり笑って手を振る。
ばいばい、大丈夫、もうここには来ないよ。君たちが生きている間には、こないようにするから。
元気で、出来れば健康に、親御さんに迷惑をかけないように。
一人、小さな女の子がこちらに走ってくる。
小さな熊の人形を抱えて、息を切らして走ってきた。
しゃがんで、目線を会わせて、どうしたのって聞く。
また、来てねと舌足らずに言って、泣き出してしまった小さな女の子。
ああ、ありがとう、そう言ってくれるだけで、ずいぶんと救われる。
みんな無事で良かった。生きていてくれて良かった。
僕もつられて涙を流してしまった。
他の子も、僕の所にきて、また来てね、また遊ぼうねって。
また、また会おうね。
泣くなんて情けないぞ、ヴァッシュは子分だから、泣き虫だから。
うん、ありがとう。
また、来るよ。
君たちに、会いに来るよ。



また、会おうね。



・・・・・・・・・・・僕が去った数日後、その町は壊滅した。
皆殺しだったと聞いた。




何度悲しめばこの連鎖は終わるのだろう。
何度嘘をこの顔に貼り付ければ本当になるのだろう。
戦って、傷つけあって、罵る。
心がどこにあるのかわからない。



一つ確かなのは、あの人たちはもういないこと。














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