3、違う
あの男と路が違えた事に驚いている自分自身に、驚いた。
相容れる事は、一生無いと思っていたのに、なんて様だ。
なる程、十年もいるとあんな相手でも情が湧くものなのか。初対面の時に自分とは違う人種なのだと思い、戦場で見た時には他の人間でさえも異質と思う男だった。何の因果か、商人の時代となった今でも共にいる事に、ふと可笑しささえ感じてしまうというのに。

「何故だ」

執着を見せている自分の姿を、不思議に思う。男は既に路を決めている。
戦場では常に見てきた瞳だ。
十年、共にいた。男の変化に気づかぬ程鈍くはない。精彩を無くしていく男の瞳を知っているからこそ、久方ぶりにみるその強い瞳に恐れを抱いた。自分の隣にいた。共にあった。その時間では決して見ることのなかった瞳を、戦場そのものの様な男がこの短期間で引き出した。そうか、自分は嫉妬という感情を抱いていたのかと気づかされた。

機械の侍を切り刻む男の姿を見て、自分でも理解できない怒りが湧いてくる。残った機械は裏切られたのかと嘲笑い、捕らえた機械の侍は己の存在を否定した。その怒りは理解できたが、男に対しての怒りは自分でも理解できずにいた。目の前に立ちふさがる者を切り伏せ、凄惨な場でさえ笑みを浮かべていた男の姿を、今になって思い出す。懐かしいと感じるのは、自分が年老いたのか、それとも侍の誇りを捨てたからか。

意地汚い。男は自分をそう評価した。命に意地汚い。だからこそ、侍の時代が終わり、商人の支配する時代へと変化する中で、あっさりと侍という誇りを捨て去り商人の下へと下った。

「何故だ、キュウゾウ」

裏切った等と、自分は思ってはいない。男は自分の路を見つけ、ただ進んでいるだけだ。自分が止める権利はないだろうし、止められるとも思っていない。それなのに、男と路が違えた事にこうも動揺している自分が、不思議でならない。これは情なのか、執着か。こうして何故だとキュウゾウに問い掛けてはいても、それは半分己に向けた疑問でもあった。何故、己はこうまでして去ろうとする男を殺してまで引きとめようとしたのか。何故、男を同じ職に誘ったのか。何故、戦が終った後、男は自分についてきたのだろうか。
意地汚いと、お前は言った。誰よりも生に、命に意地汚いと。では、お前はどうであった。
誰よりも、命に無関心に見えたお前が、なぜ侍としての誇りを捨て商人なぞの下へついた。
何故。

「生きて、みたくなった」

正直、痛みで意識が朦朧としていなければ、声を出して笑ってやりたかった。生きることにしがみ付き、意地汚いとさえ言われた己が、男に斬られ、命に興味のなかったお前が、生を得るために俺を斬った。なんとも可笑しな話だと、声を大にして笑ってやりたかった。思い出すのは戦場の邂逅。あの時から、自分はこの男に生を与える為に、侍の誇りを捨て商人の犬に成り下がりながらも生きていたのか。可笑しな話だ。しかし、笑みを浮かべるかわりに擦れて出た言葉は違うものだ。

「馬鹿め」

馬鹿な男だ。生きてみたくなったから、俺を斬るこの男が、あまりにも馬鹿で。
お前の路になぜ俺が関係せねばならない。既に違えた路だ。お前の好きなようにゆけばいい。なのになぜ俺を斬る。自分が生きるには、俺の生を奪わねばとでも思ったのか。馬鹿な、男だ。お前が生きるのに俺の存在は関係がないだろうが。
なのに、何故俺の命を奪い。お前の路に俺を引き摺り込む。これから先、死した己をお前が抱えるとでも言うのか。馬鹿な、男だ。本当に、救いようの無い。

「馬鹿、め」

ああ、だから自分は戦の後、この男に声をかけたのかと、ようやっと、長年の疑問を理解した。








戻る