2、そんな歌知らないよ
遠くに投げかけた呼びかけに答えたのは、黒に覆われた男の人だった。うすい、クリーム色みたいな髪から垂れ目が覗いてる。大人の男の人。

「だれ」

「死神」

うふふと笑って、きっとこの大人は自分をからかっているんだろうと思った。
何も知らないと思って、容易く騙されると思ってる。
気に入らない。
死神はただ微笑んで、自分の前に突っ立ってるだけ。何か用か、と尋ねるのも面倒くさくて。死神に背を向けて、夕陽と反対の方向に歩き出す。ランドセルの横につけられた給食袋に入った箸が、かちゃかちゃと音をたてる。その音にあわせるように、男はふわりと自分の横を歩いた。炎みたいな感情が頭の天辺まで広がって、思わず早足で歩いたけど、死神はずっと隣の位置にいる。ついてくるなよ、って言いたいけど、なんだろう、死神はきっとそれでもついてくる。陽があっという間に沈み、周りが真っ暗になる前に街灯が点いて自分と死神を照らした。
あ、と思った。死神に影がない。
じゃあ、本当に死神なんだ、と隣を歩く男を初めてしっかりと見上げた。いつからこっちを見ていたのかわからないけど、死神はうふふと笑って自分を見ていた。死神なんて、初めてみたけど。あまり人と変わらないんだなあ。死、なんて、この世で一番怖い名前がついてるのに。人みたいだ。街灯の光が届かない場所になると、死神は暗闇に溶け込むように、見えなくなってしまう。いなくなったのかな、と思うと、また街灯の下で死神は隣を歩いている。地面にちゃんと足がついてるのかな。死神の足元みてみるけど、よくわからない。
何も喋らずに二人で歩く。時たま死神が、一護の知らない歌を口ずさんで、歌詞がわからないのか
鼻歌にかわって、次はメロディがわからないのか、歌うのをやめる。それの繰り返し。

「子供さんは、何か歌をうたわないの?」

ほら、例えばこんな。そういってめちゃくちゃな音程で死神は陽気に歌う。

「そんな歌知らないよ」

「あれ、知らない?こっちでよく聞くのに」

こっちって、どこだろう。気になったけど、また歌いだした死神に聞くのはなんとなく嫌だった。ずっと死神の歌を聞いてると、だんだんなんだか聞いたことある曲に聞こえてくる。もしかして、その歌。

「たんぽぽの歌?」

知ってるじゃないっすか、と死神は気持ちよく笑って、塀の上まで飛んで見せた。わ、と驚く自分に向かって、今度じゃあ君にたんぽぽを送りましょうと笑って死神は暗闇の中へ。しばらく、その場所で死神の消えた暗闇を見詰めていたけど、ああ、もう門限の時間。今日は変な死神に会った。誰にも言えないけど、一護の頭にあのうふふと笑う死神の顔が残った。






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