別に、機嫌が悪かったわけじゃなく。気がついたらそれは言葉となって目の前の子供に向けられていた。驚きの表情を崩さず、かすかな声で、え、と疑問の声を漏らす子供になるべく冷たく。冷たく見えるように。
「もういいでしょう?」
君と、つきあうの。もう、いい加減、いいでしょう?
別に、機嫌が悪かったわけじゃない。それは当たり前のように浦原の頭にあった言葉だから。青褪めた顔の子供。驚きから解放されて次に彼を縛る感情はなんだろうか。ひたと瞳を見つめる。いつも強い眼差しで周囲を威嚇しているような子供が、無防備に自分の前にいる。もしかしたら、泣くだろうか、ああ、でもこの子なら怒って殴ってくるかもしれない。ああ、きっと今から顔を真っ赤にして、ふざけんなって泣きそうな顔で、でも泣くのを我慢して。
「・・・・・・あぁ・・・そ、う・・・。」
だから、そんな。全部無くしてしまったような、何も見ない瞳でそんな事を言うから。
今度はこっちが驚く。こちらの中のことは、表情に表れにくい身だから、この子には伝わっていないだろう事に、少し安堵して。でも気がつかれないことに物足りなさを感じる。こんな矛盾ばかりだ。この子と出会ってから、ずっと。理由を問いただすこともしないで、ふらりと帰ろうとするから。掴んだ手の暖かさに、なんでもういいと思ったんだろうと、自分に疑問が浮かぶ。
「黒崎さん」
「・・・もういいって、」
もういいでしょうって、それは。
小さな呟きは浦原に向けられた言葉というよりも、自分に向けて、言葉の意味を探るように繰り返された。かみ合わない歯がかちかちと、耳に大きく響く。寒いの、と聞きたくなるほど、震える体。真っ白い顔は決してこちらを見ようとしてくれない。
「黒さ」
「ごめんなさい」
え。聞き返す間も与えずに、もう一度。
「ごめんなさい」
なんで君が謝るの。どうして。怒りにも似た塊を感じて思わず子供の腕を強く強く握る。
「ごめん、なさい」
ふと気づく。きっと、この子は自分が今何を言っているのか理解していんじゃないかと。
混乱、しているのかと。自分の放った、言葉に。
「黒崎さん、ちょっと待って」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・・」
怒られた子供のように謝罪の言葉を繰り返す。違う、そんな言葉じゃなくて。そんな戸惑った声じゃなくて。無理やり顔をこちらに向けさせる。まだ目は逸らされたままだけど、一護は小さな声で俺間違えたのかと聞いてきた。けど、その問いは浦原の答えを求めているようなものではなく。
「俺、間違えた。のか。え、ごめんなさい。ごめんなさい。え、俺、間違え・・」
何言えばいいのか、わかんねえ。どうやって、俺、お前と話してたっけ。
わかんね。頭いてぇし、目、回る。風邪かな。また親父に馬鹿にされちまう。
ああ、もう。折れんばかりに抱きしめて、子供の小さな震えが止まればいいと願った。
「ごめ、」
「すみません」
君に。君をこれほど狂わせた言葉を吐いて。もういいなんて、そんな言葉。もう微塵も思っちゃいない。あの時は魔が差したとしか言いようがなくて。自分でも処理しきれない感情だった。ポツリと投げかけた言葉は、大きな波紋を子供に起こして溢れさせてしまった。
「すみません。黒崎さん、謝らないで。」
だってそれは自分がしなくてはいけない事。
掠れた声で、浦原、と叫ぶように言った君の声を、忘れはしない。
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