10、さようならさえいえなかった
地に臥した体から流れ出る命の水は、赤く土を濡らした。
彼を、殺したのは自分。
眩しい程の魂をこの世から消し去ったのは己。
もう、これほどの者には出会えないと思った。出会うはずがないと。
清廉で、高潔で。何者にも冒されない美しき魂。
それを踏みにじり濁らせたのは自分。
届かぬ天の光に手を伸ばし、縋り追い詰めたのは。
これは、恋とは呼べない。




さようならさえいえなかった





抱かれながら、男の欲を受け入れながら光は涙を零し、愛しくてたまらないとばかりに耳元に甘く囁いた。
恋、などではなかった。そんなに美しいものではなかった。
この感情は、もっと醜く、おぞましい。ヒトとは思えぬココロ。
二人、この世にいたのなら。白い無音の世界。
そんな中に、たった二人でいれたなら。
そう語った夜明けの美しさを覚えている。
白い肌が色付く様を、美しい琥珀の瞳が燃える様を、高貴な魂が落ちる様を。
誰よりも傍で見詰めてきた。
誰にも見せぬように、血に塗れた腕に抱いて。
つま先に届いた血に白い足袋が紅く染まる。温かな、血潮。
ヒトの命の、なんと短きことか。
一瞬の閃き。それに惹かれて止まない、己。
色を失っていく身体を起こし、紫の唇にそっと吐息を重ねた。
胸を一突き。
溢れた血は光に降り注ぎ、真っ青な顔に鮮やかな紅が散る。
口から溢れる血の塊に、ごふりと喉がつまった。
さよなら、と別れの言葉を紡ぐ気は毛頭ない。
どこまでも、例え地獄に落ちようとも追いかけてこの腕に閉じ込めてみせる。
それが、それだけが。
私の望み。





柔らかな感触を頬に感じ、覚醒した。
うっすら、瞳を開ければ寝そべった一護が頬に手を添えている。
「・・・・オハヨウゴザイマス」
「はよ」
はっきりとした挨拶と、きちりと開かれた瞳に、一護が大分前から起きていたことを浦原に教えた。起こしてくれればいいのに、と眠りの時間さえ惜しんで共に居たがる浦原の言葉に、一護は頬を染めながらあほと頭を軽く叩いた。痛みなど感じなかったが、痛いと口に出せば一護は笑った。昨夜の名残か、紅く腫れた唇に誘われるように軽く唇を合わせ、改めて朝の挨拶を交わした。



時折見る、夢のことを浦原は理解していた。周囲の景色や、己が着ていた服装からみて、あれは恐らく。
「浦原?」
思考の海に沈みかけた浦原を不安がるように呼ぶ一護の声に、浦原はすぐさま意識を浮上させた。遠い過去の事か。それともこの先の未来を映しているのか。橙の髪に顔を埋め、生きている生命の息吹を感じる。互いの鼓動を交じらせ、吐息を絡めながら、あの、光をこの手が奪う様を想像する。いや、思い出す。暗く、闇の奥底に埋まる感情は、歓喜と、絶望。夢想しては闇に沈み、その心地よさを堪能したあとに一護を抱く。
生きている命を感じ、確かめるように熱を味わう。まだ、奪われていないことを知り、奪う喜びにくつりと笑う。いつ、この鮮やかな光を散らして見せようか。あの紅い血を流させようか。夢の感覚に酔いしれながら、喜びを待つ。散らす日々を。鋭い切っ先を埋める感触を待ち遠しく思いながら、浦原は一護のぬくもりに埋まっていく。
ああ、けれど。
まだこの温かさを感じていたいから。
まだこの優しさに満ちた日々を感じていたいから。

まだ、殺してやらない。





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