地に臥した体から流れ出る命の水は、赤く土を濡らした。
彼を、殺したのは自分。
眩しい程の魂をこの世から消し去ったのは己。
もう、これほどの者には出会えないと思った。出会うはずがないと。
清廉で、高潔で。何者にも冒されない美しき魂。
それを踏みにじり濁らせたのは自分。
届かぬ天の光に手を伸ばし、縋り追い詰めたのは。
これは、恋とは呼べない。
さようならさえいえなかった
抱かれながら、男の欲を受け入れながら光は涙を零し、愛しくてたまらないとばかりに耳元に甘く囁いた。
恋、などではなかった。そんなに美しいものではなかった。
この感情は、もっと醜く、おぞましい。ヒトとは思えぬココロ。
二人、この世にいたのなら。白い無音の世界。
そんな中に、たった二人でいれたなら。
そう語った夜明けの美しさを覚えている。
白い肌が色付く様を、美しい琥珀の瞳が燃える様を、高貴な魂が落ちる様を。
誰よりも傍で見詰めてきた。
誰にも見せぬように、血に塗れた腕に抱いて。
つま先に届いた血に白い足袋が紅く染まる。温かな、血潮。
ヒトの命の、なんと短きことか。
一瞬の閃き。それに惹かれて止まない、己。
色を失っていく身体を起こし、紫の唇にそっと吐息を重ねた。
胸を一突き。
溢れた血は光に降り注ぎ、真っ青な顔に鮮やかな紅が散る。
口から溢れる血の塊に、ごふりと喉がつまった。
さよなら、と別れの言葉を紡ぐ気は毛頭ない。
どこまでも、例え地獄に落ちようとも追いかけてこの腕に閉じ込めてみせる。
それが、それだけが。
私の望み。
柔らかな感触を頬に感じ、覚醒した。
うっすら、瞳を開ければ寝そべった一護が頬に手を添えている。
「・・・・オハヨウゴザイマス」
「はよ」
はっきりとした挨拶と、きちりと開かれた瞳に、一護が大分前から起きていたことを浦原に教えた。起こしてくれればいいのに、と眠りの時間さえ惜しんで共に居たがる浦原の言葉に、一護は頬を染めながらあほと頭を軽く叩いた。痛みなど感じなかったが、痛いと口に出せば一護は笑った。昨夜の名残か、紅く腫れた唇に誘われるように軽く唇を合わせ、改めて朝の挨拶を交わした。
時折見る、夢のことを浦原は理解していた。周囲の景色や、己が着ていた服装からみて、あれは恐らく。
「浦原?」
思考の海に沈みかけた浦原を不安がるように呼ぶ一護の声に、浦原はすぐさま意識を浮上させた。遠い過去の事か。それともこの先の未来を映しているのか。橙の髪に顔を埋め、生きている生命の息吹を感じる。互いの鼓動を交じらせ、吐息を絡めながら、あの、光をこの手が奪う様を想像する。いや、思い出す。暗く、闇の奥底に埋まる感情は、歓喜と、絶望。夢想しては闇に沈み、その心地よさを堪能したあとに一護を抱く。
生きている命を感じ、確かめるように熱を味わう。まだ、奪われていないことを知り、奪う喜びにくつりと笑う。いつ、この鮮やかな光を散らして見せようか。あの紅い血を流させようか。夢の感覚に酔いしれながら、喜びを待つ。散らす日々を。鋭い切っ先を埋める感触を待ち遠しく思いながら、浦原は一護のぬくもりに埋まっていく。
ああ、けれど。
まだこの温かさを感じていたいから。
まだこの優しさに満ちた日々を感じていたいから。
まだ、殺してやらない。
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