きゃあきゃあと、悲鳴にも似た歓声を上げている子供を、浦原は珍妙なものでも見るような目つきで見下ろした。まだ自分で立てないのか、自分の足に必死にしがみついて、何で自分を持ち上げてくれないのだと抗議するように伸ばされた腕が子供が力尽きる度にぱたぱたと足を叩く。
なんだこれ。
あーうー、と言葉にならない声を発する子供を見下ろしながら、浦原は今自分の置かれている現状を把握する。確か、夜一さんに呼ばれて屋敷にきて。そしたらこの芋虫みたいなのに掴まったのだ。橙色した芋虫。これ程近くで見た事のない子供の小ささに驚くが、この屋敷に随分似つかわしくない色にはて、と頭を傾げる。確か、屋敷の主人である夜一はまだ未婚であったと浦原は記憶している。では屋敷内に住む誰かの子かとも思ったが、使用人以外いないこの屋敷において、それはありえない。じゃあこれはなんだと、いまだあぶあぶと浦原の白羽織を掴んでいる子供を見た。
「待たせた、浦原…?」
背を向けていた襖ががらり、と屋敷の静謐な雰囲気を打ち破るように開け放たれ、声を掛けてきた女主の堂々たる様を想像して変わらないっスねと、首だけで振り返ってみせた。
「なんじゃ、突っ立ったままか?」
この屋敷に浦原が通されてから暫く経つ。手が離せない用事があった為、幼馴染の仲で許して貰おうと、そちらを優先させてきた夜一は、てっきり自分の家のように寛いでるであろう男の姿を想像していただけに、今だ部屋の中央に立ったままでいるという事に素直に驚いてみせた。自分を出迎える為にわざわざ立つ労力を使うような男でもない。
「ああ、いやね、」
「ああーやーね、」
この芋虫が、と自分の足元を指差した浦原は、自分の声に続いて発せられた奇妙な言葉に、ん?とさらに頭を傾げた。ぐいと引かれた白羽織を引っ張りながら、再び足元へと視線をやれば、これでもかと大きな目を全開にした子供の姿。
「おお、一護!こんなところで何をしておる!?」
「イチゴ?」
「いちごー!」
リアクションの大きい幼馴染が浦原の足に縋りついている子供を発見し、大袈裟に手を広げ驚いてみせた。夜一の声を聞いて、浦原から視線を外そうとしなかった子供がやっと夜一の姿を見つけたのか、あうあうと嬉しそうに手で浦原の足を叩き始めた。痛くはないが、なんだかむず痒い。
「知り合いから預かっている子じゃ。何だ、一護。お主浦原が気に入ったのか?」
夜一の姿を認めても浦原の羽織から手を離そうとしない子供は、目線の高さを合わせてきた夜一に向かってきゃははと笑うと「ったー!」と夜一の語尾を真似するように喚いた。
「すいませんけど、この子離して貰えません?さっきから掴まれたまんまなんスよ…」
「なんじゃ、お主が無抵抗か」
「だって、こんなちっちゃいの、どうやって扱えばいいのかアタシ知りませんもん」
「もんー!」
まだ言葉らしい言葉は喋れないのか、聞き取れた音を真似て言っているだけの子供を見下ろして、浦原は溜息を吐き出した。羽織が子供の涎でぐちゃぐちゃになっている様に、ああ、と情けない声を洩らす。これどうすればいいんだと恨めしそうに子供を見遣れば、きょとりと大きな目で見上げてくるばかり。わかるわけがないかと前髪を掻き乱せばきゃっきゃと浦原を指差して子供が笑った。
「随分と気に入りのようじゃな、一護」
「なんなんスか…もう…」
「もーお?」
ぐいぐいと、嫌そうに眉を諌める浦原にかまわず、子供は酷く楽しそうに笑ってみせた。
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