001、災難(さいなん)
醒めた色合いを常にその表情に浮かべている十二番隊隊長が、小さな子供相手に奮闘しているという噂を聞きつけて、まさかと思いながらもちょっとした話しの種にはなるかと、その当人が局長を務める技術開発局へと足を踏み入れた瞬間、これは種どころかあちこちに種子を撒くだろうなあと、驚きながら思った。こんにちはと挨拶をした筈なのに、それに返事を返したのは部下の男。
「ねえねえ、あれ、何?どしたの?」
「あー…なんか、刑軍の団長が連れてきた子みたいですよ」
「夜一君が?」
子供なんかいたっけなあと首を捻ってみたら、ぼそりと呟いた言葉を拾ったのか、違いますよと、橙色した頭の子供によじ登られながら疲れた声が返ってきた。局長である彼はいつものように、机に向かい、研究室に入ってきた人間に背を向ける格好ではあったが、その腕にはきゃっきゃと楽しそうにぶらさがる子供の姿。流石に遣り辛いのか、何度かイチゴサン重いですやら、イチゴサンおいたしないでくださいと、男らしからぬ情けない声音で懇願していた。
へえと目を見開き、自分に気づかずに楽しそうに男にへばりついている子供に近づいてみた。
「京楽サン、あんまこっち来ると危険ですよ」
「嘘だぁ。だったらなんでその子、ひっつけたまんまなのさ」
流石に君もそこまではしないだろうとからから笑いながら手元を覗けばやはりそこには薬品類はなく、書類が錯乱するのみ。ほらねと、視線を上げてにやにや笑ってみせれば、ああもうとぶすくれた男の顔。
「まさか浦原クンが子守りとはねえ」
「…已む無く、ですよ。已む無く。あ、イチゴサンそれ駄目ですよ、触んないでください」
引っ付いていた男が、突然現れた髭面の男と話しこんでいるのが気に食わなかったのか、ただへばりつくことに飽きたのか。子供は机の上によじ登り、総隊長の印が押された紙を咥えようとしていた。慌てて紙を奪った浦原にてんてこまいだねえと同情の念を抱いた所で、紙を取られた事にぐずりはじめそうになっていた子供を慣れた手つきで抱き上げ、あやし始めた男の姿を見て、心底驚いた。はいはい、泣かない泣かないと小さな背中を軽く叩く姿が板についている。
「うわあ。」
「…嫌な反応」
「珍しいもの見ちゃったなぁ。浮竹に報告しなくちゃ」
「そうやってすぐ浮竹隊長に言わないで下さいよ…。これは、その、仕方ないんス」
「何、何で仕方ないの?え、どうして?」
「…むかつくなあ」
この子、前にどっか勝手に歩いて行っちゃって、池に落ちそうになってたんスよ。面倒くさいなあと溜息を零しながらも子供の背中を叩く手が優しいのは僕の気のせいかなあと思いながらも、これ以上苛めるのも可愛そうかと、そうかあ、大変なんだねえと適当に相槌を打った。
「この子に何かあったら怒られるのアタシなんスよ…何故か」
浦原に抱き上げられて安心したのか、子供はうとうとと眠たげに瞼を上げ下げし、ぎゅうと浦原の白羽織を握り締めていた。






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