いたい、と告げても、ギンは止めようとはしてくれなかった。
二人で暮らす、小さな今にも壊れそうな小屋で、明かりすらない夜。
出会った時から、ずっと一緒にいて。
ご飯を食べる時も、眠る時も、隣にいた。
お風呂なんて、贅沢なものに行けるわけもなく、専ら近くの川から汲んできた水で体を拭く。ギンと背中を拭きあっていたのは、最初の頃だけで、お互いの体がどんどん違う形へと成長してくると、ギンは背を向けて体を拭くようになった。
乱菊が体を拭いている時と、着替えている時、ギンは決してこちら側を見ようとはしない。そのことを、少し寂しい(多分、これであってる)と思うけど、大人になっていくのだから、仕方のないことだと、乱菊もわかっていた。胸も膨らみ、腰つきも女性らしくなってきた乱菊とは違い、ギンはどんどん身長が伸び、力も強くなって。子供だと言い張るには、少しばかり難しくなってきた頃、ギンはある晩、乱菊の寝床に忍びこんできた。
何、と乱菊が自然と閉じそうになる目を開かせるために目を擦って聞くと、ギンは無言で乱菊の肩に手を置いた。
「ギン・・・?」
自分よりも、ずっと大きくなってしまったギンの手から、暖かな熱が伝わってきて、じわりと乱菊の体に移ってくる。どうしたの、と告げる前に、軽く押されて、布団代わりにしている茣蓙の上に寝かされた。ぱさりと、乱菊の金色の髪が床に散らばる。驚きで目を見開いている乱菊に覆い被さるように、ギンはゆっくりと、体を近づけてきた。月の光さえ届かない小屋の中、真っ暗闇のはずなのに、銀色の髪がキラキラと輝いて綺麗だと思った。唇が合わさり、乱菊はうっとりと目を閉じた。この行為は知識として知っていた。何度か行為を強要された事もあったけど、いつもギンが助けてくれた。その、ギンとこういう事をしているのだ。柔らかい、唇の感触と、直接伝わってくる体温に、このままでいれたらと、寝惚けた頭で思う。
しばらく唇を合わせたままだったギンが、そろそろと、舌で乱菊の唇を舐めた。反射的に唇を薄く開くと、するりと温かくて柔らかいものが口内に入ってきた。お互い慣れぬ行為で、探り探り相手の反応を確かめるように動いていた舌がだんだんと奥へ、大胆に動く。口付けの息苦しさに、思わずギンの胸を叩けば、ゆっくりと、名残惜しげにギンの顔が離れていく。つ、と銀の糸が互いの口を繋ぎ、ぷつりと切れた。
ギンの髪が、鎖骨を撫でる。
胸元に顔を埋めるギンの仕草に、乱菊は小さく声を漏らした。唇が、舌が体を辿る感触が気持いい。少しばかり、恥ずかしい気もするが、それよりもギンともっと近寄れたことのほうが嬉しかった。足を大きく開き、自分でも触ったことのない場所にまで、ギンに触られ、口付けられた。口から零れる甲高い声が、恥ずかしくて唇を噛みしめると、駄目、とばかりに指が唇をなぞる。ふわふわとする体に、ギンが押しかかってきた時、乱菊は自分がどんな行為をしているのか、忘れていた。押し入ってきたギンの熱に、溜まらず痛い、と訴えた。だけど、ギンは何も答えずに乱菊の制止も聞かずにずくずくと身を沈め。焼かれるような裂かれるような痛みに涙が溢れてくる。
痛い、痛い。
どれだけ言っても、お願いしても、ギンは止めてくれない。
熱い息に、低い吐息に、乱菊は怖くなった。
懸命に乱菊を攻め立てるギンはまるで乱菊のことなんて、見えていないようで。
お願い、止めて、ギン、止めて。
何度懇願しても、涙を流してもギンは揺さぶりを止めてはくれなかった。繋がった部分が焼けて、そこからずくずくと燃えていくようだ。気持よくなんかない、痛みしかないその行為に、乱菊は叫びたかった。
ギンの呻き声が聞こえたと同時に、激しい抽出もなくなり、内に何か熱いものが吐き出された。乱菊の体の上で、はあはあと荒い息を整えているギンに、顔を見せまいと、乱菊は腕で顔を隠す。涙で濡れた顔なんて、ギンに見せては駄目だと、思った。恐怖から、小刻みに震える体。収まれ、収まれと心の中で唱えるが、思う通りには行かなくて。
「・・・・らん、ぎく」
掠れた、ギンの声にびくりと体が大きく震えた。いまだ繋がった状態だから、ギンに隠しとおせるわけもなく。ごめん、痛くしてもおた。その声が、あまりにも小さく、消えてしまいそうだったから。腕をずらし、ギンの顔を見た。先ほどの行為のせいか、頬が紅潮し、汗が首筋を伝っている。眉を寄せ、こちらを気遣うギンの瞳は、いつものギンで。ごちゃごちゃとした思いをぶつけたかった。
馬鹿、ばか、ギンのばか。
そんな、力のない罵声しか出てこない。
痛いのも、見知らぬ姿も、ごめんだなんて、謝るのも。全部、馬鹿。
もう、二度とやらない。
そう、宣言した時のギンの顔は、なんともいえぬ、奇妙なキツネ顔をしていた。
「・・・わからないものよねえ」
「何?」
「あの時、もう二度とやるもんかーって思ってたのに、今こうしてあんたとしてんだから・・」
「?」
「初めての時」
「あー・・・・・・」
「まあ、ギンも初めてだったし、ね。」
「うー・・・・・・」
「しかもこっちの言う事なんて、ひとっつも聞いてなかったし」
「・・・・・・・・」
「次の日なんか、もう悲惨」
「・・・・・・・・乱菊」
「ん?」
「ご免、な?」
「・・・・・・謝らないでよ、馬鹿」
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