一人寝が、寂しい夜だってある。
十三護艇に入って間もなく、末席を貰った。異例の早さの出世だと、ざわめく周囲が、祝いの言葉と妬みの言葉を落としてく。祝いには、素直に感謝の言葉を。妬みには、ほな、気をつけますわの一言を。乱菊からは、二人とも日程が会わず、結局何の言葉も貰えぬまま任務に赴いた。
死神には、二種類ある。隊長格にまで上り詰める者と、ある程度までしか行けない者。死神を目指すものは、前者になろうと躍起だが、それは、ほんの一握りの人間しか到達出来ぬ域。人間とは違い、ちゃんとした寿命を持たぬ死神達にとって、隊長格が入れ替わる事は100年に一度あるかないかだ。4席、5席辺りになると、入れ替わりは激しくなる。仕事上、常に死と隣り合わせであり、下級死神が行けぬような危険な任務に借り出されるのは、4席5席が多い。だから、それより下の席の者は任務がある度、昇進のチャンスがある。もちろん、末席といえども、ギンにもチャンスはあるわけで。
初めての任務で、虚に囲まれた。とりあえず、自分に襲い掛かる虚と、目の前にいる虚を切り伏せ、ふと、辺りを見回せば立っているのはギンだけだった。一人、逃げ仰せた者がいたのだろう、救援にきた死神たちを出迎えた時、酷く驚かれたのを覚えている。そういえば、あの時初めて藍染隊長と言葉を交わした。労いの言葉をかけられ、つい先ほどまで歓談しあっていた仲間の死体が運ばれる様子を見ていたら、無性に乱菊に会いたくなった。
藍染隊長にお礼の言葉を告げ、任務の報告に隊舎へ向かおうとしたギンを、ああ、待ちなさいと、穏やかな声が止めた。月がない、静かな夜だった。藍染隊長は、酷く顔色が悪いと言って、報告は僕がしておくからと、柔らかな笑みを浮かべた。どうしようもなく、乱菊に会いたかった。だから、藍染隊長の申し出をありがたく受け取り、すぐさま彼女のいる宿舎へと向かった。
乱菊は、まだ護廷十三隊に入隊したばかりで、雑用ばかりに追われる日々を送っていた。四番隊に入隊した同期の友人たちに比べれば楽なのかもしれないが、まだ知り合って間もない者たちに囲まれての仕事は精神的にも肉体的にもきつい。今日は残業もなく、早めに帰らせてもらえたので、久しぶりにギンとご飯を食べようとしたが、丁度ギンは初任務で出払っていた。幼馴染の昇進祝いも兼ねて奢る気でいたのだが、相手がいなくてはどうしようもない。初めての任務だというから、何か失敗していないか、怪我でも負っていないかと、悶々としながら一人寂しく食事をとり、明日、朝一番に無事を確認しに行こうと決め、じゃあ早速寝ようと思った所に、当の本人が酷い面持ちで訪れてきた。
久しぶりに会ったせいなのか、驚いた顔をした乱菊が、とても綺麗に見えた。実際、乱菊はとても綺麗な女性になった。学院にいた頃から、彼女は男子生徒の注目の的だった。それは、護廷十三隊に入ってからも変わらなかったが。
「ギン!?あんた・・どうしたの?今日、任務だったんでしょう?」
心配顔で、自分の袖を引っ張って部屋に招き入れる乱菊は、風呂上りなのかしっとりと濡れた髪がキラキラと光っていた。こんなに無防備に、男を部屋に上げるなんて、きっと勘違いするヤツおるで、とぼんやりとした頭で思う。長い髪が一つに纏められ、軽く留められている為、普段見えない項がギンからよく見えた。きっと、彼女を抱きしめたら、柔らかくて、温かくて、いい匂いがするんやろうなとか、あの項に吸い付いたら乱菊は驚くやろかとか、ちょっと怪しげな考えが頭を過ぎる。
「今、お茶入れるから・・・。大丈夫?ちょっと横になる?」
「平気、それより」
抱きしめててくれる?
そんな事、いつもの乱菊に言ったらきっと殴られていたに違いない。馬鹿いってんじゃないのって。だけど、今日はギンの初任務だったし、乱菊も仕事が早く終わって、ギンの顔を見たいと思ったから。乱菊は、それを聞くと、突如座り込み、その隣を叩いて、ギンを促した。足の力が抜けたように、ぱたりと座りこんだギンの頭を、乱菊は自分の胸元に押し付け、ぽんぽんと、2回頭を叩いた。柔らかな胸の感触に、思わず彼女の細腰を掻き寄せた。密着度が高くなり、とくりとくりと、乱菊の鼓動が聞こえる。きっと、自分の心臓の音も、乱菊に聞こえてる。
温かくて、気持ちがよくて。
暫くの間、お互い無言で抱きしめあって。
「なあ、乱菊・・・・・・・・・・ボク、お腹空いた」
落ち着いてみると、そんな事が気になりはじめてしまい。一瞬、静かになったと思ったら、笑いを忍ばせる彼女の声。肩が震えているのが、抱きしめているからよくわかる。
「なあ〜お腹空いた〜」
笑われる事が悔しくて、しかえしとばかりに胸元に埋めた顔を大胆に擦り付けてみれば。調子に乗るんじゃないの、と言葉が降ってくる前に頭を叩かれた。
お腹も膨れ、気分も落ち着いたギンは、帰ることを渋った。
「ギン、あんた明日も仕事でしょう?それに、今日任務で疲れてるんじゃない?だったら帰ってゆっくり休んだほうが・・」
「乱菊の傍が一番休める」
そういって、乱菊の傍から離れようとしない幼馴染に、今日だけ、とギンと、自分に言い聞かせて、乱菊は無理にギンを追い出そうとはしなかった。
「でもあたし布団一つしか持ってないわよ?アンタどこで寝るの?」
「一緒に寝ればええやん」
昔みたいに。狭いから嫌だとか、もう子供じゃないんだからとか、色々と理由をあげて逃げようとしていた乱菊を捕まえて、なあ、なあ、と声をかければ。優しい彼女は、仕方ないと、今日だけよ、ともう一度言って一緒に布団に潜り込んでくれた。
「そういえば、まだ言ってなかったわね」
「?」
「おめでと」
布団の中で、囁くような声で言われた祝いの言葉は、すんなりとギンの心の中に染み渡った。
「ありがとぉ」
「あと、」
お疲れ様。
そう言って、向かい合った二人して、小さく噴出した。
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