5、空
私の中で、一番の古い記憶は、青い青い空と、覗き込むギンの顔だった。












子供一人で生き抜くには、辛い地区に落とされ、それからどのようにして餓死寸前で倒れていたのか、全く覚えていなかった。あまりにも辛かったのか、それとも今だ現世へと心を囚われていたのか。

銀色の髪をした少年に、干し柿を差し出されて、気がついたら屋根のある場所で寝ていた。ギン曰く、食べ終わった後、糸が切れるように意識を失ったらしかった。ぼんやりと、自分の状況もわからず、場所もわからず、そういえば、あの少年は誰だろうと、思い立った所で再び少年が顔を覗きこんできた。誰かがこんなに近くにいても気がつかなかったなんて、
自分は余程衰弱しているんだなあ、と子供心に思って、こちらを見つめてくる少年にひとを視線をあわせた。そんな乱菊の様子に、少年は満足したように笑みを浮かべ、起きれるか、と訛り混じりに聞いてきた。うんと、言ったつもりが、どうやら声にはなっていなかったようで、笑みを消して、かわりに疑問を顔に浮かべた少年に、頷くことで返事を返した。


「ああ、声が出んのやね、」

視界に入っていた少年の顔が引っ込み、暫くは天井だけが乱菊の見えるものだった。パタパタと、ワザとらしいほど足音を立てた少年が再び顔を覗きこみ、もう一度、起きれるか、と尋ねた。肘をついて、なんとか上半身を起そうと奮闘するが、力が入らない。途中まで起き上がった細い体は、重力に逆らうことなく再び倒れる。床にぶつかる衝撃を想像し、思わず目を閉じたが、背中に感じるのは暖かい人の体温だった。

「危ないなあ、ほれ、起き。水。」

少年に支えられているのだと気がつき、感謝の言葉を述べようとした口に水の入った筒を突きつけられた。体を支えられながら、筒に手を添え、なんとか水を飲み込んだ。
最初の一口で咳き込み、体に掛かった水を勿体無いと思ったが、何よりも体は水分を欲していた。筒の中の水を全て飲み干し、今度は息を大きく吸い込んだ。落ち着く間、少年はずっと乱菊の背中を支え、時には頭を撫でていてくれた。人心地ついて、辺りの様子を見回す余裕が乱菊に生まれた。自分が寝かされていた場所は、小さな小さな木造家屋。家屋、という程のものでもない小屋で。銀髪の少年の顔を改めて見て、随分細い目だなあと、朦朧とする頭で乱菊は思った。乱菊の思考が少年にまで伝わったのか、少年は開いているのかわからない程細い目をさらに細め、ちゃんと開いてるよと笑いながら言った。笑うと、口が頬まで裂けるように伸びる様が、まるで狐のようだった。

「化かしにきたの?」

だから、気がついた時には口にしていて。今思い出しても、悪いこと言っちゃったなあ、と今更ながらギンに謝罪の思いを抱く。

狐の少年は、その言葉を聞くと酷く嫌そうな顔をして、僕人間や、と情けない声で呟いた。








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