好きだと、言った。
アンタが、好きなのだと。
そうですかと、男は言った。
わかりましたと、こちらも見ずに男は言った。
それは、肯定ですか?否定ですか?
聞けない自分に、舌打ちしたい。だけど、聞かない自分にほっと、安堵の息を吐く。
胸に重くのしかかるこの想いは、本当に恋なのか。
恋とは、もっと華やかで、幸せで。
こんなに、苦しいものなのか。
教室で、友人たちに囲まれて下らない話をして。
それが日常だった。それが一護の毎日だった。けど、そこに紛れ込んだ一つの習慣。
ひとつの想い。それが日常になった。一護の毎日になった。
ふとした時に考えるのは、あの人のことで。
男の、冷たいとも思える顔を思い出す。氷のような造りだと思うけど、笑うと柔らかい。
はぐらかす癖に、時たまみせる真剣な様子に胸が高鳴る。
好き、だと自覚した。自覚したら、言わずにはいられなかった。
誰かをこんなに好きになるなんてこと、なかったからどうしていいかわからなくて。
と長い言い訳から始まった一護の告白。必死の思いで、好き、という単語を口にしたのに。
男はそうですか、の一言で会話を終わらせた。
それは肯定なのか、否定なのか。
その日は告白をした事と、男の冷めた様子にずしりと体が重くなってしまって。
ああ、うん。なんてよくわからない相槌を打って家に帰ってしまったのだ。
だから、だから今日は。
そう思って商店に向かって、足を止めて、歩きだして・・・。
いつもより長い時間をかけて、辿りついた商店。店先にいる小さな二人の店番は今日はいなくて。
胸が、痛い。どきどきを通り越して、ずきずきする。病気みたいだ。そんな考えが頭を過ぎる。
中に入って、声をかけると奥から一護の心を乱す人の、気の抜けた声。
「いらっ・・ああ、黒崎さん。こんにちは。」
今日はどんなご用件で?と昨日の、一護の告白なんて何もなかったように言うもんだから。
意識せずに、なんで、と問い詰めるような言葉が飛び出していた。
「なんで、あんた。そんな。」
「・・・・・・・・なんです?」
一護の好きな、柔らかな笑顔。だけど、今初めて気がついた。これは作り物だと。
柔らかくて、ふわりとした笑顔だったのに。目が笑っていない。
「気がつかなかったでしょう?君。」
笑みを象っていた男の口元が、くつりと口角を上げた。
「それで・・・・・恋だ愛だというの?」
馬鹿をいっちゃあいけないよ。
目の前にいるのは、本当にあの。こんなに老獪な目をした男だっただろうか。
とん、と店内へと降り立った男はそこから一歩も動いていないのに、一護の動きを止めた。帽子の影から覗く瞳が酷く鋭くて。顔の雰囲気まで変えてしまうのかと感心にも似た思いがあった。二人の距離は、そんなに離れてはいないけど一護には男が手の届かぬ遠いところに立っているのだと思えて。実際、一護が手を伸ばしても、男には届かないだろう。触れる寸前に、彼は後ろに下がってしまうから。その前に、一護が怖気づいて手を引っ込めてしまうかもしれない。そして、男はそれが一護との距離だとわかっている。手を伸ばせないだろう、と男はきめつけているから。こんな距離で一護を突き放す。
「黒崎さん、もう一度、言ってごらんなさいよ」
言えますか?
その口で、あたしへの愛を恋を。囁けばいい。告白すればいい。出来たらの話だけど。かっと、頭に血が上る。怒鳴り散らすために吸い込んだ空気は、声にならずに消え去った。怒りを上回る、戸惑いがあった。全ての思考を攫う怒りよりも、目の前にいる男に対しての、戸惑いが。スキ、という気持ち。それは変わっていない。この男に惹かれたことは事実で、顔が、仕草が、言葉が、スキ。だけど、こんな顔で笑うなんて、こんな冷たい目をするなんて、こんな、距離を。
考えなくても、一護の体は知っていた。望んで、いた。
ふらり、と一歩足が出た。
昏い笑みを浮かべていた浦原の顔が、崩れる。すっと、全ての温度を無くすような、無表情。じとりと、背中を汗が伝う。震える手を伸ばしても、浦原は体を引かなかった。その場を動かずじっと一護を見据えていた。無精髭の生えた、鋭利な顎を触れるか触れないかの距離で、なぞる。嫌な顔をしないから、一護は思い切って手を伸ばした。少し冷たい、肌の感触。何も読み取れない顔。まだ、経験の足りない子供だからなのか、浦原に近づけていないからなのか。
だけど。
「好き、なんだよ・・」
極度の緊張か、男の霊気に当てられたのか。
崩れた一護の身体を支えたのは男の優しげな腕だった。
戻る