13煙管
時代錯誤な男が、上着を肩に羽織るだけの姿で、煙管の紫煙を立ち昇らせるその様は時代劇から切り取った様で。部屋の中から、横になったままの姿で、中庭へと面する縁側に腰掛ける男の姿を見上げる。柱に背を預け、片足を軽く曲げ縁側に乗せ、もう片方をだらりと、だらしなく庭へと伸ばしていた。
日中、あの男を見ると、物凄く胡散臭い、いる時代を間違えているんじゃないかという位、景色と噛みあっていない。けれど、一旦日が沈み、辺りが闇に覆われた途端、この男は当たりまえのように世界に馴染む。浅くかぶった(乗っけたという表現の方が正しいが)帽子も、この上なく怪しいのに。煙管を吸う姿が、どうにも惚れた欲目か、格好欲見えてしまう。


真ん中が、木材で出来ているその煙管は、両端が鉄か、真鍮で出来ているのか、以前浦原が席を立った時、ふと目に入ったそれを、興味本位で持ってみたら、ずしりと、予想以上に重い感触だったのに驚いたのはつい最近の事だ。吸い口の部分と、火皿の部分だけひやりと冷たい。




浦原が、その煙管を吸っている姿は記憶の中にチラホラと浮かび上がってくるが、火皿の部分が少し煤けている位で、他の部分は綺麗な状態に保たれていた。そもそも、自分の周りに煙草を吸う人間がまずいない。父親も、母親の墓参り以外で吸っている姿は見たことがない。最近は喫煙者に対する規制が厳しいのか、チャド達と一緒に街で遊んでいると、店の隅っこに追いやられて吸っている人たちが目に入る。煙が臭いとか、目に染みるとか、体に悪いとか、色々と言われているけれど、一護はそれほど煙草の煙が嫌いな訳ではなかった。


何より、吸っている姿を格好いいと、ほんの少しの憧れていたのもあったし。




そう、初めて浦原が煙管を吸っている姿を見たとき、思いもよらず胸が高鳴った。男にしては、綺麗な指が、箱の中から乾燥した細い葉っぱのようなもの(後からテッサイさんから刻み煙草だと教えてもらった)を取り出して、火皿に詰め込み、マッチで火を点ける一連の動作から、目が離せなかった。流れるような、という表現が正しくそれだった。




一口、二口。合間に一息ついて、もう一口。




確か、その時は浦原が何か話をしていたと思うのだが、内容はこれっぽっちも覚えていない。一護は、反応が全くない自分を訝しげに思った浦原に声をかけられるまで、ぼおっと、彼に見惚れていたのだ。




そして、今も一護は変わらずに、煙管を吸う男に見惚れている。




「そんなに見つめないでくださいよ、照れちゃいますから」

一度も、こちらを見もしないで言ってのける男が、憎たらしい。

「それ、美味いのか?」

少し、感情が漏れ出たのか、声に憮然としたものが混じる。そんな一護を、声も立てずに、いつもの軽い笑みで見返して、吸ってみたいですかと、煙管を掲げて見せた。まさか、吸わせてくれるとは思ってもみなかった一護は、思わず体を起した。突然体を動かしたせいで、人には言えないような場所が痛んだが、顔には出さずに(浦原がからかわなかったので出なかったのだろう)浦原に詰め寄る。

「いいの?」

てっきり、いつものようにあしらわれると思っていたのに。

「イイですよ?ほら、軽く吸ってごらんなさい」

体の上にかけられていた毛布を巻いて、悠然と笑みを浮かべる男の元へ這うようにして進む。ほら、と差し出された煙管を受け取り、恐る恐る、途中、上目遣いに男を見上げ、煙管の吸い口を咥えた。煙草すら吸った事がないので、どの位吸い込めばいいのかわからず、ゆっくりと、少しだけ吸い込む。以前、好奇心で煙草を吸おうとしていた啓吾が、思いっきり咽ていた姿を思い出すが、それほど煙たいものには思えなかった。もっと苦いと思っていたけど、意外にまろやかというか、マイルドというか、つまり柔らかめというか。でも、弱っていた喉には少々きつかったらしく、軽く咽てしまい、思わず咳き込んだ。万端の状態だったら、咽たりしなかっただろうに、と悔しく思い、喉を痛める程声を上げさせた原因の男を睨みつける。








咽たせいか、涙目で自分を睨みつけてくる子供に、苦笑と、いまだ納まらぬ熱が燻る。

「これでも、一番きつくない煙管なんですよ?」

だから、いつもより少し長めでしょう、と一護の手から煙管を攫う。そう言われてみれば、普段この男が使っている煙管よりも長い気がするし、何より吸い口と火皿が銀でなく、金だ。まじまじと、観察している子供のつむじが見える。長いほうがきつくないのか、と煙管から目線を離さずに尋ねてくる子供が、可愛くて仕方ない。

「ええ、竹の部分が長いほど味は柔らかくなります。ほら、普段アタシが使ってる位の長さだと、ちょっと渋みがきつくなりますかねえ」

ほえー、と素直に感心している子供の様子があまりに幼くて、それと対比するように毛布からはみ出た肩が艶かしい。





同年代に比べて、彼は背が高い部類に入る。近くに規格外の長身である友人がいるせいか、どうも小さくみられがちであるが、背はある。ただ、体重がそれにおいつかない。全体的に骨ばっている体は細く、しかも彼は細身の服を好んで着るものだから、さらに細さを強調するようで。一応、筋肉は綺麗についてはいるが、肉が足りていない。抱いた時に、いつも彼に今度は何を食べさせようかと考える自分が居ることは秘密。まあ、成長するにつれてその硬く細い体は立派な男の体格へと変わっていくだろうが。
今、一瞬のみの、清廉な体。なくなってしまうからか、どうもこの年頃の子供の体を美しいと浦原は思っている。完成されたものよりも、不安定で、アンバランスなものに惹かれるのは、人間の危うさか。







ずりずりと近寄ってくる子供は、這ってくる為か、体に巻きつけた毛布がどんどんとずり落ちている。子供は気にする様子でもなく、もう一度、浦原が持っている煙管に手を伸ばしてきた。

「だーめ。」

「なんで!いーじゃんかよ!さっき貸してくれたろ?」

止められると余計吸いたくなる。先ほどまでは興味なさそうに装っていたのに、注意した途端それしか目に入っていない。

可愛いったらありゃしない。

だーめ、という笑いを含んだ大人の声と、貸せーと、必死にせがむ子供の声が、互いの唇に飲まれるのにそれほど時間はかからなかった。





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