10まどろむ1
「ねえ、黒崎さん」



ぽかぽかの陽射しを浴びて、愛しい人と寄り添って。



「あー?」



幸せを噛み締めるみたいな声。



だけど、寄り添い方が。



「いい加減、飽きませんか?」

後ろから、抱き込まれるような形。つまりこちらからは愛しい相手を抱きしめる事は敵わず。手持ち無沙汰に、顔が見れない事が少しばかり、寂しくて。

「飽きない」

背中に感じる温かさは、とても心地が良いけれど。

「ねえ、黒崎さん」

やっぱり、この胸に抱きたいし、口付けもしたい。

「うるさい」

果てには、腰を足でがっちりガードされて。いやいやするように、首をふるから、背中にぱさぱさと、オレンジ色の柔らかい髪が当たる。





それから数回、同じやり取りが続いて。





黙ってしまった浦原に、一護が不安になる。嫌だった?

「・・・・うらはら?」

控えめに呼んでみて、返ってこない返事に更に不安になる。そう、一護はほんの些細な事で不安になる。相手が大人だからか、人間ですらないからか。多分、一番は自分がまだ子供だという事が不安で。具体的に、何が不安と尋ねられても、一護には答えようがない。だって、一護自身もわかっていないのだから。

黙り込んだ相手を、恐る恐る覗きこんでみると、そこには穏やかに目を閉じた草臥れた大人が一人。




思わず項垂れた頭に、骨ばって、平べったい手が重なる。

「・・・・・寝てなかったのか?」

「アナタがいるのに、寝るなんて勿体無い。あんまりに、キモチよかったから浸ってたんです。」

黒崎さんの体温に。そう言うと、先程とは打って変って急いで男から離れようとする少年に悪戯心がむくむくと湧いてくる。胸に回されていた手が逃げる前に捕獲して、腰からはずされた細い足に自分の足を絡ませて。ついでに片手で簡単に掴めてしまえる足首を引っ張って。

「っ!やめ!ちょ、まじやめっ・・!・・・ッぬぁぁ!」

こしょこしょと、指先を撫でるように動かせば、死に物狂いで暴れる子供から、懇願の声と背中に感じる抵抗の痛み。痙攣するように震える足に、執拗に擽りを続け、時たま気が向いたように裾から手を入れ、ふくらはぎに手を這わす。笑いを含んだ悲鳴の中に混じる艶を含んだ吐息に、悪い大人は懲りずに子供にちょっかいを出す。

「はっ・・・!も、ほん、と止め・・!・・ちょ、浦原!」

声を出すのも辛くなってきたのか、掠れるように囁かれて。思わず反射的に、掴んでいた足首を持ち上げ、ベロリと指先を舐めた。あまりの事に体も思考も追いつかないのか、ヒュっと息を呑む音が聞こえた。続いて背中にへばりついていた体温が離れる。耐え切れずに後ろに倒れ込んだ少年の足を掴み上げたまま、浦原は一本一本、足の指を舐め始めた。音を立てて舌を這わす。
少年の体が小刻みに震えているのを視界に止めながら構わず行為を先へ先へとすすめていく。細い足首に、しなやかに筋肉のついたふくらはぎに。体を横にずらし、力なく横になる少年に向かい合う。両の腕を顔の前で交差させ、必死に耐える少年の姿は、悪戯を仕掛けた男の目には美味なごちそうにも見えた。口を噛み締め、小さく震える幼い恋の相手。



このまま流れてしまうのもいいけれど、その前に。



「黒崎さん」

覆い被さって、困ったような声で名を呼ぶ。自然と出る懇願の声音に苦笑が漏れるが、まずはその顔を隠している腕を退かして、顔が見たかった。

「ねえ、黒崎さん」

腕に唇が触れるほど近くで声をかければ、観念したように腕が下ろされた。今日最初に挨拶を交わした時に見た以来の顔。ずっと背中から抱きしめられて、見ることの叶わなかった顔を、掌で包み込む。顔を真っ赤に染めて、目尻に溜まった涙が、一護が目を伏せると一筋頬を流れた。震える睫についた雫でさえも愛しく感じる。

「やっと、顔見れましたねぇ」

夜一さん曰く、鼻の下が伸びた腐抜けた笑顔で告げて、軽く唇を合わせた。悔しそうに此方を睨みつけてくる一護の顔はこれでもかと言うほど赤い。
(可愛いなあって言ったら、もっと怒るでしょうね)
うふふ、と笑って自分を押し倒している男に一護は苦虫を潰したような声で唸るだけで。

「このまま続きします?」

からかうように脇腹を撫でると、今まで力なく顔の横に置かれた手が拳の形で飛んできた。

「っざけんな!どけ!」

怒り心頭な少年に従い、素直に体を起す浦原に、顔を真っ赤にした少年は訝しげな表情を向けた。何を考えているんだと、と不安げに語る瞳に見詰められながら、浦原は立ち上がると同時に一護の腰に手を回し軽がると持ち上げた。流れ作業のように持ち上げられた当の本人は、あまりのことに思考が追いつかず、やっと追いついた怒りの感情が口から出る頃には男の部屋に運びこまれていた。

「あだ!」

横抱きの格好のまま暴れる子供から突き出される拳が、室内でも帽子を被った男の顎に入る。

「離せ!変態!下駄!」

中学の頃には周囲の悪餓鬼達に一目置かれていた少年は、育ちが以外に良いせいか、悪口のレパートリーは少ない。下駄は悪口にならないし、その後に続く帽子め!も浦原のくせに!も取り合えず非難を込めた声を出したいが為の言葉でしかあらず。布団のある場所まで辿りつき、喚く子供から手を離して布団の上に上手く落ちた事を確認する。

「何すんだ!・・・・・・・・・って何してんだ!?」

落とした事への非難を問い詰める前に、自分を布団に押し倒して服を脱がしにかかっている男へ、わかってはいるが、否定したい疑問を一護はぶつけた。

「何って・・・・脱がしてるんじゃないですか」

抱く為に。
ううと、答えに詰まる少年の顔は、先程も真っ赤だったが、今は茹蛸に。

「い、嫌だ・・」

「止めませんよ。ほら、腕上げて」
素直に腕を上げ、服を一気に脱がされた少年はしまったとばかりに苦い顔を浮かべる。

「お、俺勉強しなきゃ・・!」

「この間試験終わったって言って喜んでたのは誰ですか。」

「・・ゆ、遊子の手伝いを・・!」

「その手伝いから逃げてきたのは誰ですか。」

「・・・・・と、とにかく、今日は嫌だ!」

「アタシも止めるのは嫌ですよ。」

「くっ・・・・・俺!今日!駄目な日だから!」



口を動かしながら、服を脱がしていた浦原の手が止まる。自分が口走った事を理解していない子供は、脱がされたシャツを胸元で握り締めて、男の動きが止まったことに安堵の息を吐いていた。どいてくれと、動きの止まったままの男に話かけようとして、胸元に倒れてきた男のせいで、それは叶わなかった。

「どけって・・」

「黒崎さん・・・・アナタって人は・・」

笑いを耐え切れぬような声の浦原に、何がそんなに可笑しいのかと一護は首を捻った。肩を震わせながら笑う男の柔らかな髪が、直接胸を擽るので、先程からこそばゆくて仕方ない。くすぐったさに、体を動かすが、男が足を跨ぐように上に乗っかっているので、思うように動かない。なんで笑っているんだと聞いても、男は笑いが中々収まらないのか、いえ、その、と短い返事のみを返し。いい加減どいてくれと、頭を押しやりながら抵抗しても、笑いのツボにはまったらしい男は全く動かず。

「だって・・・だって・・・駄目な日って・・・。まるで月の障りじゃあないですか・・・。」

切れ切れにそう告げれば、ようやっと自分が何を口走ったのかを理解した少年は、こんなにずっと顔を赤くして、元に戻るのかと浦原に心配させるほど真っ赤になった。

「え!いや、そ、そんな、え?!」

よく口が回らなくなる子だ。収まらない笑みを浮かべて、観察をする。まあ、そんな風に仕向けているのは自分なのだが。


今にも頭から湯気が出そうな黒崎さんは、困惑しすぎて泣き顔寸前みたいな顔に。笑いで一旦は収まった熱が再び燻り始める。えーっ、と未だに意味不明な言葉を発する(一応とつくが)恋人に、齧り付くみたいにキスをした。








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