ここから先は、入っちゃだめだよ、と小さな子供が言う。
夕焼けで赤く染まった一面に、道路で子供が一人、お絵かきをしている。
その子供を見つめるのは、妙な服の大人が一人。
「そっちにいれてよ」
色素の薄い髪の大人が、子供にお願いをする。けれど、子供は首を振るばかり。
「ダメ。来ないで。」
拒絶ばかり吐く子供が描く絵は、温かい家族の絵。その中に、母親らしき女がいない。
「お母さんはどうしたの?」
下を向いていた子供が、そこではじめて顔を上げ、自分を見つめる大人を見た。
猫みたいな、目。このヒトは本当にヒトなのかなあ。
「おじさん、ユーレイ?」
「半分正解、半分はずれ。」
目が細くなった大人を見て、やっぱり猫みたいだと子供は思った。
「おかあさん、そっちにいない?」
幽霊さんたちの世界に、おかあさんいない?
「いないよ。君のお母さんはいない。」
即答された子供は、やっぱりお母さんいないんだと呟いて、再びお絵かきを始める。
おとうさん、ゆず、かりん、いちご。
子供自身らしい絵の下に書かれた拙い文字。
いちご。
「ねえ、イチゴさん。そっちに入れてよ。」
傍に寄らせてよ。
「ダメ。来ないで。」
もう悲しいのは嫌だから。守れないのは嫌だから。最初から近寄らせなければ。
頑固な子供の、頑なな拒否。
子供のくせに、生意気。崩してみたくなる。触れてみたくなる。抱いてあげたくなる。
近づくために、目線を同じにしてみて、気を許してもらえれば万万歳。
それでも振り向かない子供のために、地面に体を伏せて。
目の前に地面に寝っころがった大人。
変な大人。だけど、そんな大人ははじめてで。
「おじさん、服、汚れるよ?」
べったりと地べたに寝転んで、ニコニコ笑ってる大人は、黒い着物。
着物なんて、滅多に着ないものなのに、怒られないのかな。
「大丈夫。だって気持ちがいいもの。」
立っているときよりも、子供の顔がよく見えるから。
やっぱり、変な大人。
だけど。
一歩、寝そべっている大人に近づく。
「入れてあげてもいいよ。」
子供の容認。
「ほんと?」
大人の甘え。
だから、死なないでね。
戻る