9ボーダーライン
ここから先は、入っちゃだめだよ、と小さな子供が言う。
夕焼けで赤く染まった一面に、道路で子供が一人、お絵かきをしている。
その子供を見つめるのは、妙な服の大人が一人。

「そっちにいれてよ」

色素の薄い髪の大人が、子供にお願いをする。けれど、子供は首を振るばかり。

「ダメ。来ないで。」

拒絶ばかり吐く子供が描く絵は、温かい家族の絵。その中に、母親らしき女がいない。

「お母さんはどうしたの?」

下を向いていた子供が、そこではじめて顔を上げ、自分を見つめる大人を見た。
猫みたいな、目。このヒトは本当にヒトなのかなあ。

「おじさん、ユーレイ?」

「半分正解、半分はずれ。」

目が細くなった大人を見て、やっぱり猫みたいだと子供は思った。

「おかあさん、そっちにいない?」

幽霊さんたちの世界に、おかあさんいない?

「いないよ。君のお母さんはいない。」

即答された子供は、やっぱりお母さんいないんだと呟いて、再びお絵かきを始める。
おとうさん、ゆず、かりん、いちご。
子供自身らしい絵の下に書かれた拙い文字。
いちご。

「ねえ、イチゴさん。そっちに入れてよ。」

傍に寄らせてよ。

「ダメ。来ないで。」

もう悲しいのは嫌だから。守れないのは嫌だから。最初から近寄らせなければ。
頑固な子供の、頑なな拒否。
子供のくせに、生意気。崩してみたくなる。触れてみたくなる。抱いてあげたくなる。
近づくために、目線を同じにしてみて、気を許してもらえれば万万歳。
それでも振り向かない子供のために、地面に体を伏せて。
目の前に地面に寝っころがった大人。
変な大人。だけど、そんな大人ははじめてで。

「おじさん、服、汚れるよ?」

べったりと地べたに寝転んで、ニコニコ笑ってる大人は、黒い着物。
着物なんて、滅多に着ないものなのに、怒られないのかな。

「大丈夫。だって気持ちがいいもの。」

立っているときよりも、子供の顔がよく見えるから。
やっぱり、変な大人。
だけど。
一歩、寝そべっている大人に近づく。

「入れてあげてもいいよ。」

子供の容認。

「ほんと?」

大人の甘え。







だから、死なないでね。










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