7そーわるぴん2
宅急便で、子供が送られたから既に半年。
いつのまにか子供の持ち物が増え、本くらいしかなかった部屋は、あっというまに雑多なもので溢れかえった。子供用の服に、靴。あと、絵本に野球セット、バスケットボール。ゲーム機のコードが部屋を乱雑に見せ。
賑やかになったなあ、と掃除機片手にぼんやりする。
あっという間にすぎていった半年。大変ではあったが、面倒だとも思ったが、それ以上に楽しかった。子供の表情があれほど起伏激しく変わるとは。嬉しそうな笑顔があんなに可愛いとは。思わず余分な物を買っては、一護に『ありがとう』とあの笑顔で言って欲しいだなんて。

子供の成長は早く、一護がこの部屋に来た時に着用していた服は、既に小さくなってしまい、クローゼットの奥に仕舞われたままだ。本当なら小学校に通っている年齢だが(一護が7歳と言っていた)、戸籍も住民票も持たない一護が通えるわけもなく。どうせすることなどないのだから、と毎日教師のように一護に勉強を教えて過ごす。朝起きて一護と一緒にご飯の用意をして、お昼まで勉強、昼食の後は勉強かスポーツ。










・・・・・・一体自分は何をしているのだ。

掃除機をかけおわり、綺麗になった部屋の中央にでかでかと置いてあるソファに沈みながら溜息をつく。今一護は自分の部屋でお昼寝の真っ最中。それを気にかけて音が一番小さな掃除機まで買ってしまった。規則正しい生活は、体にはとても気持がいいのだが、今まで不規則な生活しか送ってこなかった浦原にとって、わずかながらストレスの溜まるものでもあり。こうして一護が眠っている時に、思いっきり自分の殻に閉じこもる。思考の海に飛び込み、内へ内へと落ちていく。
考える事はたくさんある。それを表に出す気は全くないが、己の中で熟考するのは習慣のようになっていた。その習慣は、過去の遺物だ。








体を撫でる風にはっと目が覚めた。外を見ると外は夕焼けの赤に染まっている。
眠ってしまったのかと、まだ覚醒していない頭のままノロノロと動き出し、開いていた窓を閉め、夕飯の献立を考える。冷蔵庫に何があったかと、頭の中で食材が飛び交っている。そして、ふと。一護の姿が見えないことに気がつく。まだ眠っているのだろうか、それとも眠っている自分を気遣って部屋にいるのだろうか。眠っているのだったら起しに、起きているのだったら夕飯のメニューは何がいいかと聞くために一護の部屋へと足をむける。
リビングから出て、すぐ左手にあるドアをノックする。

「一護さん?起きてますかー?」

とんとん、とノックの後に返事はなく。
寝ているのかなと思い、ドアを開ける。
子供の部屋らしくするために用意した学習机の上には画用紙と、クレヨン。壁には一護の好きなヒーローたちのポスター。小さな本棚には絵本と、なぜか浦原の本も数冊置いてある。きっと表紙の絵を気に入った一護がもってきたのだろうと、そちらに向けていた目を、ベッドに向ける。
そこには予想していた小さな子供の姿はなく。変わりに10代後半らしき男の姿があった。え、と声にもならずに驚いていると、もぞもぞとそれが動く気配。警戒していた浦原の目に飛び込んできたのは、見慣れたオレンジの髪。まさかあと、思わず呟くと、それはゆっくりと、緩慢に浦原に死線を合わせてきた。

「・・・・喜助?」



















「うそおっ」

好き勝手に跳ねる髪も、起き抜けの甘えたような声も、茶色の瞳も、目を擦る仕草も。
あの、一護のもの。

「・・・?喜助?どうしたんだ?」

子供特有の甲高い声ではなく、少し低い、でもやっぱりまだ幼さを残した声で、(多分、恐らく)一護は浦原をひたと見詰めた。起き上がる仕草で、上にかけていたシーツが肩から滑り落ち、そこから白い肌が露出する。

「ええ・・・ええ??」

「???喜助ぇ?」

首を掲げてあとずさる浦原を追いかけるように、一護の片足が、ベッドからおりる。フローリングの床に、白く、細い足が降り立ち、シーツで隠れていた太股部分まで露になり。混乱する頭のまま、浦原は急いで、これほど速く動いたことなどない、というほど急いで、一護をシーツで包み、ベッドに座らせた。
きょとんと、茶色の瞳を大きく見開いて、不思議そうにこちらを見詰めてくる一護の、甘やかさにくらりと傾きそうになるが、そこは踏ん張らないと駄目だろうと言い聞かせる。

「えーっと・・・・一護、さん?」

「ん?何?晩飯?」

「晩飯じゃなくて、晩御飯。じゃなくて、えーっと、その・・・一護、さん?」

だからなんだよ、ご飯じゃないなら何の用と、少し眉間に皺を寄せる一護の表情に、ああ、大きくなるとこんな顔もするんだと、遠のきかける意識を保ち。大きく深呼吸。恐らく、これは夢ではない。っていうか現実だから、落ち着こう。

「ねえ、一護さん」

「?」

「あなた・・・・なんでそんなに大きくなってるんでしょう?」

大きく?と唇を尖らせて自分の手を見て、その手でペタペタと体を触り始める一護をじっと見詰めながら浦原は黙ったまま、一護の反応を待った。がばりと、シーツを大きく広げ、己の体を点検する一護の、そのあられもない姿にこれは一護だ、これはあの小さな一護なんだと言い聞かせながら、我慢強く待った。
そして、点検し終わった一護は、別段おかしなことでもない、という風に浦原体を見せてきた。シーツを全て取り払って。

「成長期だったから、おっきくなったんだ。俺、どっかおかしいとこあるのか?」

「成長期・・・ですか・・・」

呆然と呟きながら、再びシーツで一護の体を包む。なんだなんだと抵抗しそうになる一護に、これ着ててくださいと懇願して、その言葉の意味を考える。成長期、というのは、身長が伸びたり、声が低くなったりする、あれだ。確かに、一護はあの小さな姿から成長している。だけど。だけどだなあ。

「・・・・ちょっと成長速過ぎやしませんか・・?」

だって、朝まであなた、小さかったじゃないですか。浦原の、腰くらいしかなかったはずなのに。片手で持ち上げられるくらい、軽かったのに。今は浦原の肩程度で、きっともう片手じゃあ持ち上げられない(でも細いからできるかもしれないが)成長していて。
最近の子供の成長は早いっていいますけど、これはちょっと。異常。
うーんうーんと、考え込む浦原の表情が曇り始めたこを敏感に感じ取った一護は、だんだんと顔を俯かせ、浦原がはたと気がついた時には完全に下を向いていた。

「・・・一護?どうしたの?」

肩をおとし、今にも崩れそうな風情の一護に不安になる。
俯いている一護が、どんな顔をしているのか知りたくて、覗きこむが、それから逃れるように頭が横を向く。先ほどまで、本当に一護なのかと疑問に思っていたことなど、頭から吹き飛んだ。一護が、悲しんでいるのだ。苦しそうに、細い肩を震わせているのだ。そっと、剥き出しの肩に手を置き、もう一度、顔を覗き込む。
今度は避けることなく、素直にこちらに顔を向けてきた一護を見て、ああ、と思う。
眉間に皺を寄せて、目に力を入れて、唇を噛み締めて。
瞳に溢れんばかりの雫を溜めているその表情。

「・・・・一護」

この子は、一護だ。突然浦原の前に舞い降りた、あの光のような子供。
柔らかな、小さな頃の名残を残す頬に手を添える。

「一護、ねえ。泣かないで?」

「・・・・・・・喜助は、一護、いらないのか・・?」

震える声で囁く言葉は、初めて会った日のあの一護と同じで。
だけど、あの時と同じ返事を返す気はない。

「いらなくない。・・・いてくれないと、困ります。・・・いて?」
傍に。

今度は、こっちが縋るような目線で。
視線が絡まり、ちょっと首を傾げてみたら、先ほどまで泣き顔に歪んだ顔の、とびっきりの笑顔が。

「いてやる!」

「・・・・・いる、とか、いてあげる、でしょう・・?」

どうしてこう、口が悪いのか。嬉しい気持で自然口角が上がる口もとに、呆れた瞳を乗せて、浦原は明るい髪に手を絡ませる。いいこいいこをするように、手を動かせば気持良さそうに瞳を閉じて、くふふと笑う、外見は大きい、小さな子供。こうも、愛しい存在を、手放す事など、できはしない。
綺麗な額に誘われるように、唇で触れ、優しく耳の後ろを撫でる。くすぐったいと身をよじる一護を両手で、取らえ、わざと軽い口調で、だーめ、と言えば膨らむ頬。美味しそうだと、鼻をあわせ、もっと顔を近づけようとして、耳に飛び込んできたのはきゅる、というか細い腹の音。かっと、鮮やかに頬に朱がはしる。
そんな仕草にも、このまま、なんて不埒な考えが生まれてしまう自分は相当だと苦笑して、ご飯にしましょうと、頬をひと撫でしてベッドから立ち上がる。
一緒に立ち上がった一護の頭が、自分の肩くらいだとわかった、が。


「・・・・まずは、何か着るもの、用意しないといけませんね。」










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