6薬1
男の部屋には、いくつも不思議なモノがある。

それは、一護の日常では目に入らない、時代を越えてきたと思わせるものたち。例えば煙管だとか硯だとか筆だとか、一護にとっては馴染みの薄い道具。何が入っているのかわからないツボに、何故か簪、櫛、古いお面。他にも、たくさん、一護には用途も意味もわからないガラクタばかり。部屋の持ち主である男―――浦原はゆらりと煙管を加えてそうですねえと話始めた。

「ここにあるものは、この世のモノ、あの世のモノ、間違ってここにいるモノ。様々ですからねえ。一護さんが戸惑うのもわかりますよ。」

「なんだそれ・・」

男との会話には、時たまするりと頭を通り抜けていく言葉が混じる。それはあまり使われぬ言い回しだったり、独り言のような問いかけだったり。どうにも、16年しか生きていない自分にはまだ理解しがたい事ばかりを男はひとりごち、そんな時ばかり真面目な顔を見せるのだ。

直ぐに自分の思考の波に飲み込まれる男は、最初の頃はそうでもなかった。どうやら、他の事に意識を集中させている間の、無防備な自分を晒してもいいと、思ってくれるようになったのだと、一護は考える。そうやって、自分を納得させて慰める言葉をかけてやらないと、どこまでも落ち込みそうで。

「ねえ、一護さん。モノは、あるべき場所にあるものです。」

ポツリと、問いかけをされるが、一護は答えない。こうした時の男に対して反応を返しても返さなくても男は気にしないから。

「例えば、ほら。これなんて」

小さな棚の引き出しから取り出した小瓶を持って、男は一護を振り返る。掌に収まる小さな小瓶を、ゆらゆらと揺らして、一護の目の前に差し出してきた。手にとると、まるで冷蔵庫で冷やしたようにひんやりと冷気が伝わってくる。透明度の高い、赤い液体が中に入った小瓶。見るからに怪しげだが、その液体は綺麗だった。

「これ、なんだ?」

「なんだと思います?」

「わかんねーから聞いてんじゃねえか。」

「あらまあ。短気ですねえ。」

扇子で口元を隠して、非難めいた事を言ってる癖に、目元は柔らかく細められている。なんだか、自分が酷く子供扱いされているようで、そんな顔は好きじゃない。すぐ顔に出る少年は、男に拗ねている事がばればれなのに、隠した気。


可愛くて仕方ないんだけれど、それを言えば怒って帰ってしまうから、ここ最近は褥に入った時にしか言っていない。恋人達の寝物語は甘いものだと言えば、少年は少しばかり眉間の皺を緩めて普段ならあり得ない素直さで男に擦り寄ってくる。そんな時に、可愛いと言っても、少年は頬を染めて、ヤメロと小さく呟くだけ。思い出すと、どうにも顔がにやけてしまうから、こうして扇子で顔を隠している事は内緒。
夜一さんに、「お主は思い出し笑いが多いな。このムッツリが。」と言われて以来どうにも扇子は手放せない。扇子の下ではにやにやと少年にとっては不吉な笑みを浮かべている男に気がつかず、己の手の上にある赤い液体の入った小さな小瓶に意識を集中させている。

「一護さん、知りたい?」

首を縦に振る動作に、オレンジ色の髪がパサパサと音を立てる。ツンツン立ってて、痛そうな髪に見えるけど、これが触ってみると以外に柔らかい。くしゃくしゃさせると、掌に柔らかな毛先があたって気持がいい。一護は髪の毛が乱れると怒るけど、中々その手触りは癖になる。うずうずし始めて手を抑えて、男はにこりと人畜無害な笑顔を浮かべて少年に答えを与えた。

「媚薬。」


ボトリ。手に持っていた小さな小瓶を思わず畳に落とす。

固まった少年の顔がみるみると赤くなり、なんで、お前、こんな、としどろもどろで問い掛けてくる。暫くその様を鑑賞していると、少しばかり落ち着いたのか、一護は怒った顔で(やっぱり怒らせちゃったなあ)小瓶を拾い上げた。

「お前!そういう怪しげな物を俺に渡すな!」

「ありゃ?嫌でした?」

「嫌に決まってる!」

「綺麗だから、一護さん喜ぶと思ったのに。」

赤くて、綺麗でしょう?媚薬だという事ではなく、澄んだ液体を見せたかったと言われてしまえば、少年はぐっと口篭る。その隙に、少年の手から小瓶を奪い取って、キュポンと蓋を外してみせる。

「嘘。冗談ですよ。媚薬なんて。」

「・・・・・・うそ?」

「ええ、ただのジュース。ほら、匂い嗅いでみてください。アセロラだから。」

確かに、一護の鼻を掠める匂いはアセロラドリンクのような。だから、つい。つい、男が小瓶を持った手を伸ばしてきた時に、顔を近づけて匂いを吸い込んでしまった。
瞬間。あ、アセロラ。と思った思考はぐにゃりと歪みくらりと頭が振れた。
倒れてきた上半身を、男は片手で支え、囁くように言った。

「恋人たちがいて、そこに媚薬があるのも、必然だとは思いませんか?」

お前の思考が理解できないと、言い返すはずの唇は、浦原の薄い唇に塞がれて声になることはなかった。











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