3死覇装
ひらひらと、少年が走る度に黒い衣がはためく。

考え無しにこちらに向かってくるオレンジ色に、おやおや、またですかと軽口をぼやきながら胸元を一閃する。なんとか刃で受け止めるも、勢いを殺せず少年が岸壁に打ち付けられる。そんなんじゃあ駄目ですよ、頭を使ってくださいよ、刀が泣くよ。

一つ一つ、言葉にして教え、頭で理解する前に体に教え込む。










子供の学習能力に、大人は驚くばかり。
さっきまで、受け止めるだけで精一杯だったのに、今ではなんとか攻撃も仕掛けてくる。本当に狙っているのと、鼻で笑ってやって、あっという間に間合いを詰めて。紅姫を叩き込めば、簡単に吹っ飛ぶ細い体。でも、起き上がるのが早くなってきた。本当に、凄い勢いで吸収している。

少年はただ、ただ純粋に強くなることばかりを願い、朽木ルキアを救う事のみに意識を向ける。だから、彼は驚くべき速さで強くなる。手の上で踊る筈の役者が、水のように掌から零れ落ちていくような不安に駆られ。逃さない為に、自分が役に立つ人間だと、思わせる。成長途中の子供は、全く詳細のわからぬ男に興味を示し、強くなるために師と仰いだ。これだけでは、子供が自分に繋ぎ留められたとは思えず、もう一押しと考え、好意という感情を混ぜ込んだ。戸惑いを浮かべる顔は、生きている者の明るさを持っていた。策の告白の中に僅かながら本意が混じったなど、ありえぬとわざと無視した。

言葉で伝え、行動で示し、少年の周りにいる人間とは違う様を見せ付ける。最初は興味から入り、好感を持たせる事が出来れば後はこちらのものだった。20年も生きていない子供に、好きだと言われ、外面上は本当ですかと声を張り上げ、喜びの表情を浮かべれば、少年は珍しく硬い表情を崩した。

だから、それに惹かれるように口付けをしたなど、無意識のうちに子供を求めていたのだと、気が付きたくもなかった。









少年が死神の少女を救うため、助かる保障のない世界へ飛び立つ日。
彼は決して視線を折らなかった。真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ前を見て隣に立つ友人たちと歩き出す。振り返りもせずに、彼はこの世界を飛び出した。

走って、走って。走る分だけ、己から、男から遠ざかるのに、少年は迷うことなく走り続けた。







残された自分。予定外だ。彼が朽木ルキアを救いに行く時、自分が彼を切り離している予定だったのに。彼を操り、頑張ってくださいと送り出し、その後計画通りと笑うはずだったのに。こんなにも、未練がましく彼の名残を探すように弾かれるとわかっている世界の狭間に手を伸ばすなど。





ひらひらと、黒い死覇装がはためく。

ひらひら、ひらひら。

少年の身を包む、人と違えたその証。

ひらひら、ひらひら、黒き蝶が舞う。

誘うように、拒絶するように。













蝶を捕らえたつもりが、大きな闇に囚われたのは、誰だったか。






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