遠方へ出かける用事があり、ここ2日、商店には帰っていない。毎日のようにここへ通ってきてくれる出来たばかりの恋人にその旨を伝えると、わかったと素直に頷いて、じゃあ三日後にまた来ると言ったところに。
「・・・・・明日、来てくれないんですか・・?」
妙に少年に懐いてしまった小さく可愛らしい従業員が上目遣いに、少年の服の裾を掴んでいた。大人に食って掛かる少年は、どうも子供にはてんで弱いらしい。服を掴んでいる少女に対して、一護は常にある眉間の皺を途端に少なくして、柔らかな様子で明日来る約束を少女と交わす。
妹達がいる為か、一護は子供とのコミュニケーションが上手い。ウルルと話している時と、浦原と話している時では大分様子を変える子供に驚きと、少しばかりの嫉妬を感じる。浦原以外の人間に甘い顔などしなくていいと何度言おうとした事か。優しく声をかけなくてもいいとも。言ったら怒られ呆れられるだろう事は分かりきった事なので、口に出して言った事は一度もない。子供に柔らかく接する一護を見られるだけでも、良しとしよう。
「ねえ、アタシとも約束してくれません?」
突如ある考えが頭に浮かび、これはおもしろそうだと思い早速、少女に意識を向けている恋人に声をかけてみた。
「?何を?」
「浮気しないって。」
一体何を言い出すんだコイツは、といわんばかりの表情を浮かべる少年に、ウルルの時とどうしてそんなに扱いが違うんですかと悲観するふりをすれば一護は嫌そうに顔をゆがめてアホかと一言言い放った。対応の違いを悲観するふりが本当に悲観しそうになり、ううう、と唇を噛み締めて抗議した。
「だってだって!最近黒崎さん冷たい!遊びに来てもウルルとテッサイにつきっきりで!」
「ちゃんとお前も構ってるだろうだろうが!髭生やしたいい大人がうじうじすんな!」
みっともない!と言い捨てられ、流石にむっとする。
「いーえ!アタシを蔑ろにしすぎです!エッチどころかキスもさせてくれないし!」
それが恋人に対する仕打ちですかと、続くはずが、一護によって口を叩くように塞がれそれは叶わなかった。
「ばっ・・!おま、子供の前でなんちゅー事を・・!!」
真っ赤な顔で詰め寄られても、幼い恋人を溺愛している髭面生やしたいい大人には利かず。やっぱり可愛いなあ今日帰したくないなあ、なんて不埒な考えを起したり。その後、可愛そうな位真っ赤になった黒崎さんは逃げるように帰ってしまった。残念。
出かける前に抱いておけばよかったなあ、なんて思いながらここ2日過ごした。きっと、そんな不埒な事を考えていたのだと、あの子に知れたら、きっと眉を吊り上げて「真面目にやれ!」って一生懸命怒ってくれる。まだまだ幼い恋人は、浦原にいつも一生懸命だ。怒る時も、好きだと言う時も、悲しみをぶつけてくる時も。そんなに感情を高まらせて詰め寄られたら、自分を含めて何もかもどうでもいいと思っている自分だって、本気になるしかない。だって、あの子は気付いてしまうんだ。自分が力を抜いている時や、疲れている時や、嬉しい時を。
どうして、君はアタシがわかるの。
彼にあっという間に見抜かれた後、そう尋ねてみた。すると、少年は穏やかな笑みを浮かべて、さあな、と優しく言った。まだまだ幼いと思っていたあの子は、気がついたら隣に並ぶほど成長していた。子供の成長は、侮れないものだ。大人の顔、子供の顔。もし、意識的に使い分けていたなら、彼は相当な役者、タラシ。だけど全部全部無意識。だから可愛くて仕方がない。
彼が商店にいることは霊力でわかる。何度も力をコントロールするように言っても、上手くできない弟子は、今日はどんな顔を見せてくれるだろう。商店のガラス張りの横開きのドアをあけると、オレンジ頭のあの子がいた。
「おや?お出迎えですか?」甲斐甲斐しいですねえ、なんて言えば不機嫌な顔をして馬鹿か、と口の中で呟く恋人は同じ口で「お帰り」と言う。嬉しくなって、「ただいま」を言う前にこの腕に抱きこんで、子供の存在を体で感じる。
「いきなり何すんだ!」
「だって、黒崎さんがあまりに可愛いことしてくれるから」
我慢できなくて。耳に唇を押し当てて、ゆっくり囁けば。抵抗が止み、彼の吐息が聞こえる。
「・・・・・おかえり、」
「ただいま」
やっと言ったな。嬉しそうな声で言われて、背中に少年の腕が回る。
「珍しいですね、黒崎さんが出迎えてくれるなんて」
「・・・・ウルルが」
とくり、と少年の鼓動が伝わる。
「偶には、玄関先まで出迎えてあげてください、って。」
「ウルルが?」
「そう、・・・・・・・・、こ・・恋人ッ・・なら、するもんだって・・」
ぎゅーって力を入れたら、もっとアタシと密着することになるのに。耳を真っ赤に染めて、顔を隠すようにくっついてきて。きっと、少女の瞳に見詰められたら反論することなんて出来なかったのだろう。だって、彼は子供にとても優しい。ウルルに感謝しよう。帰ってきて早々、愛しい恋人に出迎えてもらえて、さらには彼の口から恋人なんて嬉しい言葉が出たんだから。
こちらを探る2対の視線を感じた。でも、もう少しこの高い体温を抱きしめていたい。邪魔はしないようにと、目線で伝えると、了解、と小さく振られた二つの頭。
では、もう少しだけ、この細い体を抱きしめていよう。
二人には今度何かプレゼントを買ってこよう。
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