4、瞳
手の中におさまるくらいの、ガラスの筒。封を施し、時を止めた筒は、ひんやりと冷たく、浦原の手の体温を奪う。術を施してある紙が筒を覆い、中に何が入っているかは、一見してはわからない。割らないように、落さないように、大事に扱うその様子を夜一は痛々しく思う。ガラスの筒の中身を知っている彼女にとって、親友の行動を止める事はできなかった。

幼い頃から、見知った仲だ。男の決めたことに関して、彼女が何を言おうが聞き入れない事も、知っている。
けれど、男が今からしようとしている事は。

「・・・・・アヤツは、喜びはしないぞ。」

大事に、いとおしむように術が書かれた紙を撫でる男に、呟くように言葉を投げかける。聞こえなくてもよかった。これは、自分に言っている言葉でもあった。しかし、男がこうした遣り取りを聞き逃すはずがなく、撫でる手が止まった。ひやりと、こちらにまで伝わる冷気。この男の、こんな姿を、こんな霊力を、初めて見る。

「ええ・・・きっと、怒るでしょうねえ・・・」

ふふふと、おかしそうに笑う男の姿に、夜一は眉を寄せる。

男が大事に大事に慈しんでいる少年が、病に罹った。
変人とまで呼ばれた研究に没頭している男の手によって、一命は取りとめたが、少年の瞳は一生光を映さぬようになった。焦点の定まらない瞳を隠すように、白い布が巻かれたその姿は、驚く程やせ細っていた。病自体は治ったから、これから体力を取り戻すと、見えないはずなのに夜一の方に顔を向けて、少年は笑った。
その姿を見て、血が滲むほど、手に力を入れていた己がいた。
こちらを射抜く、強い強い眼差し。それを失った少年が、こうも幼かったのかと、愕然とした。以前よりも細くなった腕には骨が浮かび上がり、足の筋肉もほとんど落ちている。普通ならば、死んでいても可笑しくはない病状だった。そうならなかったのは、幼馴染の男の努力と、この少年の強さだ。

徐々によくなる体。けれど、少年の頭に巻かれた白い布は、取られることはない。義眼を作ろうにも、少年の体はそれを拒否した。上手く接続しない神経に、男は苛立ちを隠せなかった。滅多に心の内の感情を露にしないはずの男が、誰がみても不機嫌と判断できるほど荒れていた。


もう、いいよ。
そう言った少年の声音は、泣きそうでもあり、感謝でもあり、絶望でもあった。その声が、今でも耳に残っている。だから、夜一は、男が今からしようとしている事を止めない。きっと、少年は激怒するだろう。男と、自分に詰め寄り、なんてことをしたんだと。
これは、きっと男の自己満足。己の自己満足。








「じゃあ、夜一さん、お願いしても?」

「ああ・・・・いいだろう。」

男の緑がかった金の瞳を夜色の瞳が見詰め返す。
もう、男のこの瞳は見る事は叶わないだろう。似た義眼も作る気だと、言ってはいたが、こうも美しい色合いは人口では出せまい。
自分の瞳が、愛しい愛しい少年のものになるのだと、嬉しそうに男は笑った。







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