3、ピアノ
鍵盤の上を自在に動く指を見詰める。
男にしては細い、繊細な指。綺麗な手だと、思う。
一護よりも全然指なんか長くて、掌も、大きい。
ピアノやっている人は、みんなこんな手なのかと、じっと、浦原の手を触りながら思った。くすぐったいと、笑う男が、奏でる音が好きだ。音楽のことは、正直よくわからない。
だけど、男のピアノは好きだ。
深くて重い、だけど、透き通るように響くピアノの音が。一護と同じように、10本しかない指を、どうすればそんな風にたくさんの音を作ることができるのか。じっと、浦原がピアノを弾いている間その指を見詰めてみたけれど、途中で投げ出した。

「お前、手品とかも上手そうな」

「やったことはないですが・・・今度練習してきます」

そう言って、本当に手品を身に付けてきてしまった男に、馬鹿かと呆れてみれば、だって愛する人の願いだからと、赤面の答え。音楽家のような芸術の世界の人は、皆こんな風に一般人の自分が恥ずかしくて仕方ない言葉を、普通に言うのだろうか。
二人きりの時でさえ、熱くなる頭に、早くなる鼓動に翻弄されて、大変なのに、人がいてもお構い無しに言ってくるものだから、一護は嬉しいやら恥ずかしいやらで困ってしまう。


若手の、天才ピアニスト。
そう呼ばれている男、浦原喜助は、黒崎一護の恋人と呼べるような位置にいる。有名人なのに、男子高校生と付き合ってていいのかと、不安に駆られた一護が聞けば、ピアニストはふわりと柔らかな笑みを浮かべて。

「だって、一護さん以外目に入らない。」

やっぱり、一護が赤面してしまうことをさらりと、言ってしまうのだ。
共に朝を迎えるような関係になっても男は一護を、一護さん、と呼ぶ。
ゆっくり、一音一音大事に発音する男の声が、一護は好きだ。
浦原の低い声が好きだ。
綺麗な手が好きだ。
柔らかい髪が好きだ。
不思議な色合いの瞳も好きだ。
男の好きなところを上げれば、キリがないけれど、どれも口に出したことはない。
唯一、一護が男に対して言う好きは。

「俺、あんたの音が好きだ」

そう言えば、天才ピアニストは嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑うのだ。だから、あんたのことなら、実はなんでも好きなんだという思いを託して、一護は浦原に口付ける。







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