ハッピーサンセット 05
一護の恋人は、オタクだ。
一護にはよくわからないのだが、造形オタクと云うらしい。どういう事なんだと聞けば、恋人の部屋にあるようなフィギュアが好きな人たちを指す言葉だと教えてもらった。ふうん、とその時は対して思う処もなく素っ気無い返事を返したものだが、こうして恋人が自分ををほったらかしてフィギュアに夢中になっている様は、正直面白くない。
今日は日曜日で、恋人は休みで一護にはバイトも勿論授業も無い。
こういう関係になって、まだ日が浅いから一日一緒にいれるのは嬉しいし、楽しみにしていたというのに、恋人は――浦原はさっき宅配便で届いたモノに夢中でこちらを振り返ってさえくれない。そんなになってまで楽しいものなのかと、後ろから覗いてみてもただの玩具のようにしか見えないから、さらに一護は面白くない。
敷かれたままの布団に横になって、ぼんやり雑誌を眺める。暫くページを捲くっていくと、浦原に似合いそうな服があった。後で見せようと、そのページの端を折る。
最近一護と一緒に買い物に行くようになったからか、ようやっと自分の服装に意識が向いてきた浦原と同じ雑誌を見たりするのを結構楽しく思っているのだが、何より浦原の興味は『ロボット』のようだ。ちらり、何か作業をしている浦原の背中を見る。
猫背がもう癖になっているから、上背がある癖に小さく丸まっているその姿はちょっと面白い。雑誌を読むのに飽きてきたから、今度は浦原を観察する。自分よりも大きな背中に、後ろに一つに括られたぼさぼさの髪に、時折呟かれる独り言。
ずり、と体を引き摺りながら浦原に近づく。浦原は夢中になっているのか、近づく一護に気づく様子はない。
よ、っと体を起こして、丸められた背中にのしりと押しかかった。
「っひゃあ!」
びくりと震えた体を逃がさないように、首に腕を捲きつけて、肩に顎をのせる形で浦原に後ろから抱きついた。あまり、こうした接触をしないから、胸に腹に伝わる熱にどきどきする。がちがちに固まった浦原に構う事なく、顎を突き出し、浦原の足元にある一護には玩具にしか見えないものたちを見下ろす。何か組み立てていたのか、工具も近くにあった。
「何、これ」
ひょい、と横から手を伸ばしてロボットの頭らしいものを摘む。そこでやっと慌てたように動き出した浦原に、さらに動きを封じるよう耳に唇を押し付けて「なぁ」と囁いた。ちょっとやりすぎたかなとも思ったが、赤く染まった耳を見たら満足してしまった。
接触はほとんど無い、が、それを嫌がっているわけではないのだとわかっただけでいい。
手にした頭を床に置いて、浦原の肩に顔を埋める。体を合わせている部分が熱くなってきた。緊張してるなぁと、その反応に笑いが込上げそうになったが、そう云う自分もきっと平常より鼓動が早い。
ぎゅう、とさらに密着すれば浦原の肩が小さく震えた。
小動物みたいだな。
もう三十をとうに過ぎた男にその表現は無いかとも思ったが、顔を真赤にして体を固くしている様はあながち当たっているかもしれない。
「浦原さん」
「な…なんでしょう…」
「暇」
「あ、じゃ、じゃあ、あの、どこかに」
「構って」
「え?!」
「構えよ」
一人で雑誌を見ているなんて、一人で玩具を弄ってるなんて。
折角二人でいるのに、寂しいじゃないか。だって自分たちはついこの間恋人同士になったばかりなのだから。
ぐい、とかちこちに固まっている男の顎を掴んで後ろに引っ張る。わあと、体を崩した男の頭を足の上に乗せ、驚いた表情を浮かべている男の顔を上から覗き込む。少し生えてる髭がちくちくと手に当たって痛かったので、頬を手で挟んだ。
赤く赤く染まった恋人の顔を見下ろして、一護はもう一度、吐息がかかる程に顔を近づけて「構えよ」と囁いた。ついでに半端に開いた口に唇を押し付けてやる。
軽く触れて、ひくりと動いた喉に面白くなって、今度はしっかりと唇を合わせる。
好きだ、と云ってきたくせにこの男は全く手を出してこない。それを最初は大人の余裕なのだと思っていたが、真実は全くの正反対。誰とも付き合った事が無いから、どうすればいいのかわからないのだ、一護の恋人は。呆れはしたが、つまりは男にとって一護は初めての相手なのだと気づいてからはまあゆっくりいくかと、逆に一護に余裕が生まれた。
好きだと言い合って。手を繋ぐ。それだけで嬉しそうに笑う男につい、一護も付き合ってのんびりときてしまったが、そろそろ何か進展があってもいい時期だ。浦原からは望めない。じゃあ一護が動くしかないじゃないか。
ちゅ、と音を立てて吸っていた浦原の唇から離れる。まずは軽く、と思っていたのにちょっと夢中になってしまった。
ひょい、と顔を上げて、さてどんな顔をしているだろうと男の顔を覗きこんで一護は驚いた。
「ちょ、おま!何泣いてんの?!」
顔を歪め、目尻に溢れんばかりの雫を浮かばせている浦原に一護は慌てた。まさか、泣くなんて思わなかった。
「うぅ〜…す、すみませ…ッ」
「ああ、ほら、いいから…。泣くなよ。悪かったよ…」
ぐい、と袖で涙を拭う男を見下ろして、一護は少し落ち込んだ。自分がしたいと思ってキスをしたが、浦原はそうでなかったのだ。キスしてごめんな、と謝った一護に、しかし浦原は慌てて上体を起こした。あまりの勢いに驚いて少し身を引いた一護の腕を、浦原が掴んだ。
「いえ、あの、き、キスは…その、い、嫌とかじゃなくて…」
ちょっと、驚いただけなんです。
消え入りそうな声で云われた言葉に、一護はがくりと項垂れた。
驚いたからって、泣くかフツー。
そうは思ったが、顔を真赤にして、ちらりと此方に視線をやった男の目を見て、口にはしなかった。腕はまだ、掴まれたまま。
「あの…黒埼、サン」
あの、えっと、ともごもごと言い辛そうに言葉を先延ばしにする男に苦笑して、一護は期待に沿えるべく、浦原に顔を近づけた。



「オレとそのロボット、どっちが好きなんだよ」
なんて、言う気はさらさらないけれど。
(だって男が何より好きなのは自分だから。自惚れなんかじゃなく)
それを云った後、男がどんな風に慌てるのかを見たい気はする。
いや、正直見たい。
きっと
困ったなぁと云わんばかりに眉を下げ、
さらに詰め寄ればもしかしたら泣くかもしれない。
それでオレが折れて。
いいよ、悪かったよ、答えなくていいから。
とか云えば、いいえいいえ、と頭を振って、
アタシが好きなのは、と泣きながら云ってくれる。
云ってくれる、筈。
(でないと流石に落ち込む)
問いただしてみようか、それとも抱きついてみようか。
どちらを選んでも、結局最後は泣くに決まってる。


好きだな、と。
雑誌を腹に乗せて眠ってしまっている恋人を見て、湧き上がる気持ちがある。
さっきまでページを捲くっていた音が止まって、気になって後ろを振り返ってみたら恋人の寝顔が。
此処暫くはレポートが重なったいるのだとぼやいていたのを思い出し、疲れているのかなと、端によけてあった布団を掛けた。
むぅ、と小さく寝言を云う様が可愛くて、ついつい、その寝顔を見入ってしまう。
いつもより弛んだ眉間の皺が可愛い。
閉じられた瞼の形とか、睫の長さとか。
いつも恥ずかしくてじっくりと顔を見れないから、ここぞとばかりにその寝顔を観察した。
柔らかそうな頬に、思わず手が伸びる。
指で軽くつついても起きない様子に、珍しく熟睡してるなぁと、もう少し大胆に頬をつついてみる。
恋人が起きていたら怒られるような行為だが、今彼は熟睡中だ。
薄く開いた唇に、思わず邪な気持ちが働いてしまっても、少しは許して欲しい。
だって自分は彼の…恋人なのだから。
そっと、密かに触れた唇は、きっと一生自分の宝物になる。














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