Grating life 06
数十年の間放置され続けた建物の割に状態は良好。
いくつかの部屋は直ぐに使えるようになったので、浦原はまず最初に大きな一部屋に研究機材を運びこんだ。生活雑貨に関しては全てテッサイにまかせ、自分はまず一護の修理に取り掛かかる。
躯はそう難しい作りでないのに対し、首から上、頭の部分が厄介だった。躯は直ぐにできたが、それを繋げるのに時間がかかった。一護の黒い箱は、他の人形たちと同様に本来人間なら脳のある部分に収まっている。その箱に、人の血管のように白い操り糸が繋がっている。ただの糸だ。しかしこれがなければ人形たちは体を動かすことができない。以前見た猫の人形にも、操り糸はあった。今の科学では解明できない、理解できない作り。一護が、浮竹に魔法をかけられたという言葉。あながち間違いではないかもしれない。
過去に見つけた浮竹の人形で、自分の技術と上手く適合できたものは一つとしてない。その危険性は一護にも知らせていたが、浮竹最後の人形は迷う事無く一度小さく頷いただけだ。
自分の言葉に素直に従う相手は、浦原にとっても好都合。しかし迷う事無く差し出された躯の無防備さにちりりと疑問が湧く。人とは違う存在は、その中身も違うものなのか。

今では廃れ、過去の忌まわしい因習だとして、魔術、錬金術、呪術などは本の中だけに残るのみ。しかし、浦原はそれらが確かに存在、今でも解明できぬモノを作り出していたことを知っている。一護に、それらの類と同じニオイを感じ取った。分解した躯は途端に崩れ落ちた。一護から、部品へと変わった瞬間のこと。浦原の手をすり抜けるように一護の躯だったものは砂と化した。浮竹とは、何者か。一護を通して、浦原は天才と呼ばれた人形師を見る。


「具合はどうですか?まだ慣れないとは思いますが…」

「いえ、大丈夫です。言語中枢にも異常は見られません。」

くるくると、間接を確かめるように一護は手首を回す。以前の躯とは比べものにならないようなものを造った。間接の継ぎ目もなく、人口皮膚にうっすらと血管が透けて見えるように、柔らかく、温かい肌を。人にしか見えない一護を見下ろし、浦原は満足気に頷いた。

手のひらを見、次に手のこうを見て、一護はまるでヒトのようです、と平坦に呟いた。以前の躯にはなかったものが、たくさんある。血液の流れ、外温との差で生まれる温度、柔らかな肌。少し躯が重く感じるが、木の躯に比べればどの素材も重くなると浦原は苦笑した。ヒトのような外見。ヒトのような温かさ。この姿を浮竹が見たら、どう言ってくれるだろうか。体が冷えやすいと言っていた父の事だ、きっと温かいな、と一護の手を大きな冷たい手で包んでくれたろう。

「ありがとうごさいます」

きっと、この躯は浮竹の、自分の夢だった。ありがとう、自然と出た言葉に、言った一護自身驚いた。かたり、かたり。時を刻む事に剥がれ落ちる何かを、一護はその時初めて感じた。

「どういたしまして。で、その変わりといっちゃあなんですが」

お願い事、きいちゃくれませんかね?
一護の座っている椅子の肘かけに手を乗せて、覆いかぶさるように浦原が顔を近づけてきた。微かに、昔嗅いだ匂いがした。浮竹も、一護の点検が終わった後、少し甘い匂いを纏っていた。薬品の匂いかな、と浮竹は笑って言った。そのニオイを浦原から嗅ぎとり、一護はくん、と鼻を動かした。浦原の長い薄い金の髪が一護の頬にかかる。訝しい顔をした浦原は、すっと顔を離した。

「もしかして、一護さん嗅覚もあるんですか?」

「人の五感は全て備わっています」

そりゃあ…また。驚きを含んだ声音が一護の顔に降る。人差し指と、中指が頬に降り、すっと顔を辿った。鼻、唇、もう一度頬へ。擽ったさに、目尻がひくりと動く。

「驚いた…味覚もあるんスか?」

唇に当てられた指の意図を読み取り、一護は口を開いた。

「あい、ひょうははへひなひのへ」

「ああ、はい、消化器官がなかったんですね」

口の中を長い指が這う。上顎、歯の裏、舌の付け根。上手く発音できていない言葉を理解し、浦原はハハ、と笑いながら一護の口内を弄る。

「ちゃんと唾液も分泌されてますね。今度からご飯も食べられますよ」

離れていく指が濡れているのを見て、一護はそっと自分の唇に指を這わした。濡れた感触。タオルで指を拭く浦原の姿を見て、ツキリと胸元が痛んだ。この痛みは知っている。悲しみ、だ。
浦原は、自分を人形と、研究対象と見ている。わかりきった事。それは事実である筈、なのに。
何故胸が痛むのか、どうして自分が悲しみを抱いているのか。一護は理解できずに小さく首を傾げた。

新しい躯はすぐに馴染んだ。唯一、まだ慣れないのは食物の摂取。体内に入った食物はそのまま一護の動力となる。毎日三食。昼と夜の間には浦原と、その部下らしき大男、屋敷の改装がすんでから新たに来た二人の子供たちと共に軽食がある。おやつです、と二人の子供のうち、髪を2つに結んだ少女が言った。人形のくせに食べるのかと、つり目の少年が睨む。
その二人を宥めるように浦原は頭を撫で、まあまあ、と笑みを浮かべた。


一護が作った人形を動かすのは簡単だった。顔だけ残せばいいのだ。『冬獅郎』という人工知能を植え込み、後は起動させるのみ、の段階で一護に人形を披露した。目を閉じ、少年の躯には似つかわしくない大きさの椅子に目を閉じ座っている姿は人にしか見えない。そろり、と椅子に近づき、一護は赤みの差した頬を撫でた。
「温かい」
無感動にも聞こえる平坦な声だったが、喜んでいるようにも見えた。感情の起伏を感じるようになったのは、傍にいるからなのか、一護自身が成長を続けているのからなのか。緩やかに銀色の髪を撫でる指先が、伏せられた睫に触れた。冬獅郎の首を支え、項にある接続孔に起動コードを差し込む。キュルキュルと微かな起動音の後、一護の触れていた睫が震えた。瞼が軽く痙攣し、一護の見つめる先でゆっくりと、瞳が現れはじめた。翡翠に彩られたガラスの瞳は瞳孔を一度開き、ピントを合わせるように少しずつ閉じていく。
起動に不具合がないか、それを確かめる前に一護が冬獅郎の頬を両手で覆った。ひた、と見つめ合う琥珀と翡翠。同じガラスの筈なのに、それぞれ放つ光彩が違う事に気がつく。それは光の加減か、ガラスのカットの違いか。それとは違うと、浦原はわかっていた。
「『冬獅郎』、状態は?」
このまま見つめ合う人形達を放って置くのは面白くない。起動させたばかりの人形の反応も見たかった。一護にひたと視線を合わせていた冬獅郎は、くるりと迷う事なく浦原を見上げ、オートの識別、登録を眼に埋め込んだレンズで読み取っている。
「良好です。マスター浦原」


(2008/09改)










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