Grating life 05
「大きな異常は見られませんが…。老朽化が酷い。」

よく今まで保ったものだと、浦原は一護に告げた。錆びた部分にオイルを差し、割れた部具は代用品に差し替えた。まるで骨董品の懐中時計を修理したような気分だ。
本来の浦原の技術の修理とは程遠い、簡単な応急処置ではあったが、それでも大分稼働率は上がるはずだ。
汚れた手を拭きながら、浦原は一護の状態を話す。

「キミが望むならその躯、新しいものと取り替えますが。どうします?」

「…この、躯を?」

胸に当てた手は、中指にひび割れがある。この人形の動力や、その高度な思考力。そうした回路のまだ解明はできていない。手すらつけられていない状況だ。浦原たちが見慣れている基盤も、コードも見当たらない不可思議とも云えるつくりの人形。
けれどそれらに反して躯の作りはただのからくりだった。触覚もあると聞き、どれほど精密な作りをしているのかと開いた人形の躯を見て驚いた。これのどこに視神経があるのか。からくり人形の知識がある者ならそれほど苦なく作れてしまいそうな。しかし、一護はまるで人のように指を動かし、流れるように足を動かす。今も5本の指で確かめるように胸をなで下ろしている。

「俺は、父の魔法で動いてる」

浦原の訝しげな視線に気がついたのだろうか、人形のガラス玉をはめ込んだ瞳が(それさえも命ある者のように瞬いているのだから首をひねるしかない)瞬きをすることなく浦原へと目を合わせてきた。
魔法。耳慣れぬ言葉だか、この人形が動いているのはまさしく魔法のようでもあった。
馬鹿馬鹿しい、と一蹴できないモノが、目の前にいる。

「父の声を受けて、願いで私は目覚めました。父の願いが、今の俺を動かしてんだ。俺はその願いを守んなきゃいけない」

躯だけでなく、内までも壊れはじめていても、守らなければならない願い。それはまるで若者の抱く情愛のひたむきさにも似ていた。
怒りのような、熱のくすぶりが腹の奥から湧き上がる。この人形の絶対は、浮竹なのだと見せつけられているようで、それがなんとなく我慢ならない。胸を占める感情の意味など浦原には興味はなかった。ただ、同じ『作り手』として、一護の健気とも云える忠誠心は心を燻るものがあった。
一護は一度、目礼するように小さく視線を下げ、決意を秘めた、としか言いようの無い瞳で浦原を仰いだ。

「浦原さんは、アイツの願いを叶えてくれる」

躯の修理を、お願いしたい。
人形の躯についてもっと研究できるのだと、喜ぶべきことなのに。衝動的に、人形の手を掴んでいた。ぎし、と手が軋む。感情をのせない瞳で、人形は静かに浦原を見つめた。



館の修繕が終わってから、取り掛かりますと言って、男は一護を近くの村へ移動するようにいった。
では、彼もつれていかなくては。浮竹が人形作りをしていた部屋の隅に、ひっそりと置かれた箱の中。浦原に、少し待ってくれと声をかけ、箱を開けた。 頻繁に手入れをしていたから、埃は被ってはいない。そっと、壊れないように、優しく彼を持ち上げた。
くてりと銀色の頭が一護の胸に倒れてきた。



連れていっても、いいかと人形が運んできたのは少年型の人形だった。大事そうに胸に抱え、寄り添うように眠る人形の造形は見事なものだった。しかし、一護のような命は見られなかった。人に近しいが、ヒトには見えないその人形は一護が作ったのだと言う。

「あの人の、父の髪を加工して作りました」

白ではなく、銀色になってしまったと、感情の読めぬ顔で呟いた。ふくり、と先ほどの衝動が膨れるのを感じながら、浦原は一護が抱えている人形に目を遣った。見事な銀色の髪を立て、目を閉じているからはっきりとした容貌はわからないが、造られたもの特有の完璧とも云えるシンメトリー。
表情がないからか、どことなく一護に似ているようにも見える。

「名は?」

「冬獅郎」

父の髪を使い、冬に完成したから、と人形の髪に顔を埋めて、まるで人形に囁きかけているように喋る一護に苛つく。こんな感情は邪魔なだけだと、過去の経験から知っている筈なのにとめどなく溢れてくる。

「その人形、動くようにしましょうか?」

するりと、ただこちらを見て欲しい為に出た言葉に、自分が驚く。見た所、冬獅郎と呼ばれた人形は、からくり仕掛けではない、只の人形だ。それだったら、外見はそのままで、中身はそっくり入れ替えればいい。冬獅郎を膝にのせ、愛しそうに(といっても無表情に変わりはないが、浦原にはそう見えた)丸みを帯びた頬を撫でている。
明瞭な言葉を操ってきた人形が、初めて考えるような仕草を見せた。

「冬獅郎が、話せるようになるのは、嬉しい。」

ひたと、一護は浦原の瞳を見すえ

「ずっと、こいつと話したかったんだ…」

あんたには、頼んでばかりだと頭を下げた。



(2008/09改)










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