このお話はオフで出した「それだけの話」の続きです。
浦原さんは元AV男優です。今はエッチなお店の店主です(え)。
一護は学生で、借金を返す為にAV出演を決めたらそこには浦原さんが。
そんなこんながありまして。
二人はめでたく恋人同士に、という話です。
そして浦原さんお誕生日話です。
急激に寒くなった風に、一護は首を竦め、巻いていたマフラーに顔を埋めた。木枯らしって奴かなと、他の季節に比べて寂しくなった風景を見回す。昨日降った雨の名残が僅かに道端に残っていて、晴れ渡った空を切り取ったように写している。風は寒いが、陽射しは温かい。冬の季節、いつもこれくらいの天候だったらと思うのだが、年が明けてしまえば更に冷え込むだろう事はわかっているので、新たな防寒着でも買おうかと頭の中で計画を立てた。
学校は既に休みに入っているし、今日は大晦日で、家族には友人たちとそのまま初詣に行くから帰らない事も告げてある。しかし、一護が年越しを過ごすのは友人たちではなく。
ふるりと身体を震わせて、思い出すのは一応、恋人、という関係にある人の事。
一護を上から見下ろして、少し草臥れた顔なのに、熱い人。かっと頬に熱が集まる。なんでいつも思い出すのはそういう場面ばかりなんだと、自分の頭に文句を垂れてみる。最初の出会いが出会いだったから、その印象が強いのかもしれない。大人の男で、ゆらりと自然にこちらに手を伸ばしてくる、慣れた感の。あの時のことを思い出すと、なんて大それたことをしたんだと自分の行動に冷や汗が出てくるが、そうしなければあの人とこんな関係になれなかったのかとも思うと、その決断に拍手を送ってやりたい気も、ある。
あの日。一護が借金取りの男の言葉に頷かなければ、あの場所に行かなければ。秋のススキみたいな髪をした、あの人に出会えてなかった。くそ、と小さな舌打ちをする。なんでこんなにあの人の事で一杯一杯なんだ俺は、心の内で毒づいてみても、やはり胸に灯るむず痒い温もりに思考は支配されて。
「かっこわりいなぁ、俺…」
あの人に心も身体も、全部全部めろめろじゃないかと、見えてきた目的地を睨みつけた。あの人の前にいると、睨みつけても直に解かされてしまうから。
ちくしょ、とこれから甘い空気に浸るだろう事を想像して、頬に熱を集めながら、一護は何度目かの毒を口にした。
かさりと、少し遠出して買ってきたケーキの袋が足に触れて音をたてる。崩れていないかと何度も位置を整えるように確認したが、綺麗にラップングされた箱の中がどうなっているかはわからない。部屋に入ったら、男に隠れて確認しておこう。クリスマスも過ぎて、大晦日なんていうか日にケーキを持って歩いてる自分に、ほんと日本は宗教ごちゃまぜだよなとしみじみ思ったり。クリスマスの時は、サンタに扮装までしている父や、張り切って料理の準備をしている妹たちに逆らう事などできず、一緒に過ごせる?と聞いてきた男にごめんとひたすら謝った。その時、だったら大晦日は、と話を切り出されて、そこで始めて男の、浦原の誕生日を知った。
あと数日しかないじゃないか。唖然とした一護に、どうして教えてくれなかったんだと詰め寄る暇はなく。何をプレゼントしよう、とか、ケーキを買わなくては、とか、そういえば何歳なんだろうか、とか。浦原の誕生日に、共に過ごす事はすでに一護の頭の中では決定事項であった。そんな様子の一護を、浦原がどんな顔をして見ていたかなんて、誕生日の事に気がいっていた一護には見れるわけもなく。プレゼントなんていらないという浦原に、くそうと、何故だか悔しい思いを抱いてみたりしていた。
悩んだ末に買ったのは、灰皿と、ジッポなんてもので。それも、浦原の部屋にあるもので、もうそろそろ買い替え時、なんてものたちで。もっと色々あるだろうと、考え付いたのが指輪なんていう恥ずかし過ぎるものだったからこんな、色気もなにもない消耗品で。気持ちが篭ってりゃぁいんだ気持ちが、と少しばかり高めのケーキを買ったのは誤魔化すだけではない、と思う。
これから、浦原と過ごすだろう時間に上昇する気持ちと、今自分が持っているものたちに対する沸々とした思いが奇妙に混ざり合って、早く行きたいという気持ちとは逆に、一護の歩みは遅くなっていった。
それでも、目的地である浦原の部屋の前に立てば、男は度胸だとこれまた色気も何もない意気込みで一護は一歩を踏み出した。
「何だよ…まだ帰ってねえのか…」
意気込んで扉を開けてはみたものの、部屋の中には誰かがいる気配もなく。真っ暗な部屋を見回して、気の抜けた声を吐き出した。これじゃあ気合を入れた自分がなんだか恥ずかしいじゃないかと、検討違いな怒りを男に向ける。浦原と知り合って、感情の起伏が激しくなったのかもしれない。ちょっとした事で揺れる自分に情けないなと思う。それに全部浦原が関わっているだなんて、こんな恥ずかしい話があるか。
人のいない部屋は冷え込む。とりあえず暖めとくかと暖房器具をつけて、ケーキを冷蔵庫にいれたら、もう一護にすることはなく。一人暮らしにしては広めの部屋で、ソファに座ってぷらぷらと足を振る。何かやってないかとテレビをつけてみても、どのチャンネルも特番ばかりで、一護の見たい番組はどれもやっていなかった。だからといって、何かビデオを見る気も起きず。ばちんとテレビの電源を消して、はあと伸びをしながらソファに横になった。だらりと腕が下がる。手触りの良いカーペットで暫く指を遊ばせるが、以前この場所で浦原とした事を唐突に思い出してしまい、なんとなく、手を引っ込めてしまった。一人、赤くなっている事にさらに羞恥を感じてああもうと近くにあったクッションを手繰り寄せ顔を埋めた。
浦原に会ってから、自分は格好悪いことばかりな気がする。少しは、少しは大人になったと思っていたのに、浦原と出会ってから、自分がどれだけ幼かったのかを思い知らされた。年齢の差、も勿論あるけれど。
余裕のある、あの笑みをどうにかして崩してやりたいと思う。自分だけ慌てて、自分だけ、浦原の事で一杯なようで。つい先日、浦原から与えられた言葉は、今でも一護の心を熱くするけれど。
「…襲ってやろうかな…」
そうしたら、あの浦原も流石に驚くかもしれない。いい思いつきだと晴れやかな気分になる前に、そんな事ができるわけないと羞恥が勝った。誕生日。以前、浦原の誕生日も何も知らない時に、何か欲しいものは無いのか、と聞いた事があった。その時の浦原の答えは、にやりと意地の悪い笑みのままの答えで、一護は照れるよりも呆れて何も言えなくなった。君が欲しい、なんて、そんなドラマみたいな台詞、本当に言う奴がいるのかと、本当はどきどきしながら、馬鹿かあんたと貶して見せた。今日。今日、あの男の誕生日という日に、一護がそんな事を言ったら、浦原はどう返すだろうか。想像してみる。想像して、すぐに諦めた。
きっと、あの男はにんまりとやらしい笑みを浮かべて、喜々として一護を好き勝手するだろう。くそ、と自分の想像の中だというのに、決して崩れようとしない男の態度に舌打ちが洩れた。
もう少し大人になったら、自分と浦原の関係は変わるのだろうか。一護が、浦原を翻弄するようになるのだろうか。
大人だと思っている恋人にどう思われているかなんてわかっていない子供は、悶々としながら、ソファの柔らかさにうとうとと眠気を誘われ、程なくして落ちた。
「…サン、一護サン?」
「んー…」
「起きて。ねーェ」
「ムー…んん?」
「…一護サーン?…アタシ、起しましたよー…」
ぱさぱさと、心地よい感覚を邪魔する何かが煩わしくて、振り払うように手を振り上げる。しかし、その手に何かが当たる事はなく、ぱすりと軽い音を立てて腹に落ちた。これでやっとゆっくり…と、うとうとしていた所に、唇に柔らかなものが押し付けられた。む、と息苦しさに嫌だと顔を背けるが、構わずに追ってくる感触にやっと思考が追いついた。時には遅く。見開いた目に入ってきたのは薄い金の髪。やめろと言葉を紡ごうにも咥内に入り込んできた舌のせいで呼吸すらままならず、寝起きながらも力を込めて相手の肩を押しやった。
「っは…、おま、何…!」
しやがんだと睨みつけるが、相手が意に介した様子はなく、濡れた唇をわざとらしく舐めて見せてきた。寝起きからその顔はキツイ。唯でさえキスの息苦しさで潤んだ瞳を見られたくなくて、手の甲で唇を拭いながら顔を反らした。くつり、と男の笑う様が横目で見えて、ちくしょう、と心の中で毒づいた。
「アタシちゃんと起こしましたよ?でも、一護サン起きないから」
「だからって…!キ、キスとかしてくんなよ!」
ソファに寝転がった姿の一護に上半身覆い被さるような格好の浦原を力が入ってないとわかっていながらも睨みつける。そんな一護の姿に浦原はふ、と柔らかな笑みを浮かべた後、一護の短な髪を掻き混ぜるように頭を撫でてきた。やめろと手を振り上げれば難なく避けて、あっさりと一護の上から身体を退かした。ごしごしと、未だに唇を擦ったままの一護に苦笑を浮かべ、ただいまとやっと帰宅の挨拶をしてきた。
「…オカエリ」
「ゴメンね?待っててくれたの?」
無愛想な迎えの言葉を吐いた一護を気に掛けるような優しい声。一護がどんなに不機嫌でも、どんなに怒っていても浦原の態度は変わらない。柔らかくて、優しい、温かいまま。最初は、その余裕に不安も感じたりしたけれど、今でも不安が無くなったとは言い難いけれど、ふわりと肩から力が抜けていくのがわかる。もう一度、今度は浦原の顔を見ながらお帰り、と言えば嬉しそうな顔でただいまと言ってくれた。
「別に、そんなに待ってねーよ…」
「そう?それだったら御飯、まだ済ましてませんよね?」
ああ、と返事を返すと同時にくうと腹が鳴った。か、っと顔に熱が集まる。タイミングの良すぎる一護の身体に浦原は身体を折って笑うが、それに反論するには羞恥が強すぎた。げらげらと笑い転げる浦原に、煩い黙れと喚く代わりに盛大な蹴りを入れてやった。
大晦日、都内ならまだしも、近所で開いている店もないため、浦原と一護は自分たちで出来る範囲の料理で浦原の誕生日を祝った。本当は浦原には何もさせないように一護は頑張る予定だったのだが、洒落た料理については一護に定評のある浦原。大晦日なんだからと、何故か一護が一歩引いてしまうような理由を出して共にキッチンに並ぶ事となった。いつもより大目の品数と凝った作りの料理に多くかぶりついたのはやはり一護で。それがわかっていた浦原は、美味しそうに目の前の食事を片していく一護をやっぱり面白い子だなあ、なんて思いながら見つめていた。
御飯が食べ終わった後はデザートだ、といそいそと冷蔵庫の中からケーキを取り出してきた一護は、直に食いつくという浦原の予想を裏切って、蝋燭を立て、火をつけはじめた。
「…なんだか、久し振りだなあ」
こういうの。こんな風に、人に祝って貰うのも、ケーキを用意してもらって、蝋燭を立ててもらうのも。懐かしい、という感情よりも目の前で浦原のジッポを使いながら必死に蝋燭に火を灯す相手への愛しい気持ちが大きかった。
「年寄り臭い」
「今日で更に一つ歳を取りましたからねェ?」
「怒んなよ。大人気ねぇなあ」
「生意気ー」
取りとめない会話をして、テレビも消して、部屋の電気まで消して。もしかして歌も歌ってくれるのかと思ったが、流石にそこまではする気はないらしい。ほら、早く消せよ、と急かされ、はいはいと一息で火を消して見せた。どう切り分けようかと悩んでいる一護に別にこのままでいいじゃないスかと一護が止める前にフォークをそのままホールのケーキに突き刺した。二人で、しかも男二人だというのにホールのケーキを買ってきたこの子はどうやら全部食べきる気らしい。甘さに胸焼けしそうになっている浦原を横目にぱくりぱくりと順調に生クリームの塊を処理していく一護に、浦原は若さって凄いなと更に年寄り臭い事を思った。
しかし、流石の一護も全てを食べきるのは無理だと悟ったらしく、三分の一程度残ったケーキを明日食べようと冷蔵庫に戻しに行った。明日。泊まる事を当たり前みたいに口にする恋人に、浦原は相手に気づかれぬようにひっそりと笑った。
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