一護は、体毛が薄い。
それに加え、色素が薄いものだから、脛毛なんて遠くからみたら無いみたいに見える。髪の毛の色に小さな頃からコンプレックスを持っていた。それが、成長して、回りの男子が髭やら脛毛やら生えてくると、今度は髪の色だけでなく、体毛の薄さにも嘆くようになった。一応、一護も人並みに髭も生える。だけど、全く目立たないのだ。朝起きて、髭を剃る一護を見て、遊子がショックを受けているのに、一護はショックを受ける。
(俺にだって髭くらい生える)
泣きながら父親に一護に髭が生えている事を報告する遊子に呆れるやら悲しいやら。親父だって立派に髭を生やしているではないか。むしろ一心の体毛は濃い。羨ましい限りだ。一護だって、あのくらいの髭が欲しかった。
「なんだ一護!お前一丁前に髭なんて剃ってるのか!」
そんなあってもないような毛なんて剃るな剃るなと豪快に笑い飛ばす己の父親に、久しぶりに本気で切れた。水色が迎えにくるまでの間、一護は一心と朝の運動としては些か激しすぎる掴みあいをした。
そんな事を学校の友人に話すと、啓吾は爆笑、水色はうんうんと笑顔で頷いた。
「僕も体毛薄いほうだから、一護の気持はわかるよ。」
「お前はそのつるつるでお姉さまたちに人気なんだろうよお!」
啓吾の絡みをあっさりと無視し、水色はでもまあ、とニコニコと話始めた。
「一護は色素が薄いから仕方ないよ。どうせなら、それをウリにしちゃえばいいのに。」
僕みたいにと、爽やかに言われても、一護の心は晴れない。ウリといっても一護には水色のような容姿ではないし、むしろ目つきが悪い。短気だから手も早い。そんな俺に体毛の薄さをどうやってウリにしろというんだ。さらにぶすくれた顔になった一護を、チャドは気にするなと言うが、そういうチャドは15歳とは思えない体つきにあった髭も生えてきていることを一護は知っている。畜生と思うが、眉間に皺を寄せるだけで一護は何も言わなかった。これが八つ当たりだって、わかっている。
ちなみに、啓吾もちゃんと脛毛は立派にあるし、以前チャドの家に泊まった時に髭の生えた姿も、一護は知っていた。
あーあ、と重いため息を吐きながら浦原商店と大きく看板が掲げられた店をくぐる。店先にいたウルルとジン太に邪魔するぞーと挨拶して中に入る。ウルルは毎回小さな声でいらっしゃいと言ってくれるのだが、ジン太はまた来たのかと嫌そうに顔を顰める。うるせーと軽く答えてから、一護はいつもと同じように、店長はいるかと聞くのだ。当たり前のように訪れるこの店に、いつものように訪れた一護は、だがしかし、庭に面した縁側に座っていらっしゃいと自分を出迎えた店主を見て盛大に眉間に皺を寄せた。
(おや?)
己の顔を見た途端、思いっきり顔を顰めた一護を見て、浦原は、アタシ何かしましたっけと記憶を探る。昨日も、一昨日も、特に一護の嫌がる事はしていない。と、すると幼い恋人が眉を顰めている理由は浦原の起因しているのではなく。多分学校で何かあったか、何か言われたか。それが一体何のか、浦原にはわからないが、自分の姿をみて、思わず眉を顰めてしまうようなことなのだろう。
無言で、不機嫌にも見れる顔で一護は浦原の隣に座る。そんな一護の行動にも、浦原は、おや、と思う。いつもは浦原の隣に座ると何をされるかわからないと、わざとらしいくらい離れて座る子だ。それすら頭にないくらいに、一護は何かに思考を奪われている。隣に座った一護は、これまた珍しく浦原の顔をじっと見詰めてきた。睨みつけるように己の顔――顎あたり――を見詰めてくる子供の真剣な表情に、可愛いなあ、なんて思う自分は相当溺れている。しばらく、何もいわずに子供の熱い視線を受け止めてきたが、さすがにむず痒くなってきた。いつもは一護のほうから視線をはずすから、こんなに見詰められると、ちょっと照れてしまう。堪らず、一護が見詰めている辺りだろう顎を摩りながら、声をかけた。
「あのぉ、黒崎さん、アタシの顔に何かついてますか?」
顎を摩る手の動きに合わせて、黒崎さんの視線も動く。なんだろね、この子は。浦原の問いかけに、一護はむむむと唸り声を上げて、何かを考えるように腕を組んだ。アタシの質問に答える気なしっすか。少し悲しくなるが、この子どもは何か気になる事があると、直ぐに思考の深くにもぐってしまうから、きっと本人は無視してるとかじゃなくて、言われた言葉の意味を聞いていないのだ。じっと、浦原の顔を近くで(あと少しでキスができるくらい)見ていた一護は、ふと、視線を上げた。今度は、浦原の目の前に一護の唇がくる角度。うわあ、と思う。考えごとをしていると、癖のように唇を噛むから、今浦原の目の前にある一護の唇は、ぽってりと赤くなっていた。しかも、ちょっとだけ唇が開いて、白い歯と、赤い舌が見え隠れ。誘ってんのかなあ、この子と思いながらも、一護の視線は浦原の頭に落ち着いていた。今度はなんですかと、溜息を吐くと、簡単に大人を翻弄してくれる子供は、無言で浦原の帽子を取った。頭が涼しくなったと思ったが、今度は一護に穴が開くほど見詰められている。うーん、熱い視線、なんて思ってじっと目の前にある唇を見ながらこれに食いついた時の甘さと柔らかさを思い出していると、髪の毛を引っ張られる感触。
「いたたたっ、ちょっと、ちょっと黒崎さん!抜けますから!アタシハゲにする気ですか!」
「あ、ごめん・・・」
思いっきり人の髪の毛を引っ張ってくれた黒崎さんは、本当に悪いと思っているのか、薄ーい返事でぱっと手を放す。そして視線は相変わらず頭・・と顎を行ったりきたり。うーん、これはいい加減に無理やりにでも思考をこっちにもって来させるべきかな、と引っ張られたせいでひりひりと痛む頭を撫でながら考えていると。そっと、顎に一護の手が添えられた。へ、と間抜けな声が出てしまうくらい、意外な子供の行動に、柄にもなく心がざわめいた。そりゃ、さっきまで目の前の恋人とするあんなことやそんなことを妄想してはいたけれど。顎に感じる子供の体温に、この先の展開を期待してしまう事は、別に変なことではないと思う。だけど、まあ、アタシの予想をことごとく裏切ってくれる黒崎さんに、そんな期待は無駄だったけど。
先程から、浦原の顎を一護はずっと撫でていた。じょりじょりと、髭の堅い感触が掌から伝わってくる。一護の一応恋人、という地位にいるこの男は、いつもいつも同じ格好でいる。時代錯誤な服装に、ボサボサで、伸び放題な頭と、剃る気なんてない髭。そう、髭だ。一護は浦原の髪の毛を見て、そして髭を見た。浦原の髪の毛は、色素が薄く、光加減によっては白髪にも見えるほどだ。なのに、浦原には髭がある。髪よりも濃い色の、無精髭。全く手をつけていないのか、会うたびに伸びている。自分よりも色素が薄いのに、どうしてこいつは髭も、脛毛もちゃんと生えてるんだ、と男の顎を摩りながらふつふつと怒りに似た感情が浮かんでくる。大人の男、だと思う。顔つきも、体つきも、まだ成長途中の体とは全く違って、成熟され、完成されている。歳を取れば、一護も将来このように立派に髭を生やすことができるのだろうか。うーん、と考えながらじょりじょりと髭の感触を味わっていると、流石に嫌になったのか浦原を撫でていた手を取られた。
「いい加減にして貰えませんかね?一体どうしたんです?」
人の顎ばかり気にして。撫でられすぎて、その部分だけ熱をもったようにじわじわと、不思議な感触があった。浦原に問い詰められて、一護は居心地悪そうに視線をそらした。理由は対した事ではない。むしろ、他人にとっては下らない事でしかないのかもしれない。一護本人にとってはかなり深刻な話だけに、浦原に呆れ顔をされるのは我慢ならなかった。
拗ねたような顔で、答えようとしない一護に浦原はヤレヤレと心の中で溜息をついた。いじっぱりな子供だこと。しかし、さすがに黙っているわけにもいかないと覚悟を決めたのか、一護はよし、と小さく気合を入れると、ぼそりと、浦原の顎と、ついでに髪に意識を向けていたワケをこぼした。
「・・・・髭が。」
「・・・・・ひげ?」
思わず、浦原は己の顎に手をやった。先程まで、一護が撫で摩っていた顎。ざりざりと伝わるのは、髭の感触。
「髭がどうかしましたか?」
「・・・あんた、髪の毛は白っぽいのに、なんで髭とか、目立つんだ?」
「・・?さあ・・、確かに、アタシ部分部分は濃い毛が生えますが・・」
それが何か?と聞き返せば、さらに刻まれる眉間の皺。どうしてそんなに不機嫌な顔になるのか、原因が今だ掴めない浦原は、もうお手上げだ。一体なんなんだと、疑問が顔に出ていたのだろう。一護は無言で、んっ!と自分の顎を浦原に向かって突き出した。口元をきゅっと噛み締めて、顔を上向けた姿の一護に、うわあ可愛いなんて、知られたら絶対に怒り狂う言葉が瞬時に頭を掠めた。
「・・・・・・?」
だけど、大人は子供の言いたい事が理解できず、はて、と頭を斜めに傾げる。そんな浦原、だから、ほら!とばかりに一護は顎を再度突き出す。その行動の意味を理解しないまま、取り合えず、突き出された顎を観察してみる。まだ頬に子供時代の名残か、柔らかそうな膨らみがある。だからといって、子供子供している顔でなく、成長途中の硬質さも兼ね備えている。大人でもなく、子供でもない、中間的な位置にいる目の前の少年は、ほらほらと、顎を突き出すばかりで、はっきりとは言ってくれない。すべすべで、綺麗な肌だなあと思う。中学時代は喧嘩ばかりしていたと言っていた言葉の通り、体にはたくさんの傷があるが、顔に目立つ傷はなかった。少年曰く、顔なんて目立つ場所に怪我なんてしたら、喧嘩してましたって公言するようなもんだ、と妙に納得するような言い分を聞かされた事を思い出す。
「・・・・綺麗な顎ですヨ?」
「それが嫌なんだよ!」
「はあ?」
素直に見たままの感想を述べると、少年は噛み付くように浦原に詰め寄ってきた。いまだ少年の悩みを理解していない男に、一護はぼそぼそ、憮然な顔で話始めた。
「あー・・・でも、アタシも昔はそうでしたよ。」
朝の家での出来事と、学校での出来事を話終えた一護は、頬を染めながらもぶすくれた表情で浦原を上目遣いで見詰めていた一護は、浦原の言葉にぱっと顔を上げた。
「幾つくらいまででしたかねえ・・・、髭も生えてませんでしたが、声変わりも相当遅かったんすよ、アタシ。」
「え?まじで?」
「ええ、マジで。」
お前がマジとか言うとなんか変、と失礼な事を言ってのける子供に後で悪戯してやろうと浦原は心に決めた。
「一護さんまだ16でショ?そんなに気にする事ないと思いますよ。」
髭なんて、勝手に生えてくるものですし、放っておいたら自然と生えてきますよ。一護の顎を指で軽くさすりながら言うと、触るなと、叩かれてしまった。残念。
「じゃあさ、いくつ位で髭生えてきたんだ?」
あと声変わりいつしたんだ?悩みが少し軽くなったせいか、ぽんぽんと疑問を投げかけてくる黒崎さんの顔はさっきよりも明るい。悩んでる姿も悩ましげで良かったなあ、なんて思ってたり。
「あー・・もう随分と昔のことなんで、忘れちゃいましたよ。」
ごめんなさいね。
ふーんと、納得したように言うけど、顔も口調も全然納得してない様子。まだまだ本音が隠しきれない可愛い恋人は、それでも気になる自分の顎に手をやって、唇を尖らせた。確かに、浦原は成長期がくるのが遅かった。今の一護の年の頃の浦原は、一護よりも小さかったと思う。歳の数え方が今とは違う事もあり、幾つ頃なのか、はっきりわからないのは本当。
「でも、お前その髭は無精しすぎだよ。」
「そう?似合わない?」
一護さんは剃ったほうがお好み?と聞けば、恥ずかしそうにうるせえよ、と顔を反らしてしまう。うーん、メロメロだなあ。こちらを見ようとしない黒崎さんを思う存分愛でているとテッサイの客が来たとの知らせの声。面倒くさそうに腰を上げて、少し待っててくださいねと声をかけると、黒崎さんは視線を合わせないままで、別に、髭が似合わないってわけじゃないと呟いた。
「へ?」
間抜けに聞き返せば、だから、と強い口調でもう一度。
「別に!剃らなくても、いいと、思うぞ」
髭、と最後あたりは聞き取り難いほど小さな声。
まいったなあ。
お客さんの所、行けなくなっちゃったじゃないっすか。
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