影踏み
学校から、家に帰る間に小学校がある。

帰宅部である一護の帰る時間と、小学生達の帰宅時間が同じなのか、一護は小学校の前を通るといつも子供達の群れと当たる。自分の腰にも満たない身長の小学生が、高い声を上げて道路一杯に広がる様は最初、ちょっとした恐怖だったが、慣れると可愛いものだ。自分には歳の離れた妹たちがいるせいか、小さな子供にそれほど抵抗はない。同じクラスの本匠が、以前、子供は小さすぎて怖いと言っていたのを聞いて、そうかなあと頭を捻った。



素直な子供は、大人や、同い年の奴等と違い、隠れて何かを言うことなく、思ったことをその場で言う。その遠慮のなさが一護は嫌いではない。妹達が今よりも小さい頃、家に遊びにきた友達の世話をよく一護がしていた。親父は病院で忙しいし、子供たちだけで家にいるのは不安でもあったので、自然とそういう形になった。まず初めてあう子供たちの開口一番がこの珍しい髪の色から。染めてない、地毛だと言うと、子供は素直に羨ましいやら、変なのやら目の前で言ってくるので、逆に気にならなかった。流石に、高学年にもなって兄と一緒に遊ぶというのは変だろうと思い、妹の友達が来ると今度はでかけるか、部屋から出ないようにした。その事を特に遊子が残念がったが、友達が一護を少し怖がっていると知ると、渋々諦めてくれた。











高校生にしては早い帰路につくと、目の前に数人の小学生がランドセルを背負って歩いていた。下校ラッシュから外れた学校周辺は、途端人気がなくなる。一護の前にいる小学生達は学校で時間を潰していたのか、体操服で下校していた。日が傾き始めたこの時間は、特に人の通りが少ない。青空に少しばかり混じる朱色が不思議な空間を作り出すような気がして、一護は小さい頃いつも早足で家に帰っていた。


昼と夜の境目は、霊たちが活動し始める時間。伸び始めた影から現れる何かや、夕刻の朱色に誘われるように浮かんでくる何かを、一護は酷く嫌った。一護が会話できるような霊たちは、皆生前の姿を色濃く残し、それほどまでに怖いとは思わないが、それらは違った。最近知り始めた店長と呼ばれる男によると、それらはどこにでもいるモノ達らしい。

「黒崎さんや、死神の方達が呼ぶ霊とは、少し違った存在ですね。」

「確かに、人の魂魄には見えないけど・・・」

「人ではなく、かといって虚でもなく・・・そうですねえ、なんて言えばいいでしょう。」

時代錯誤の男は年代物らしい机に行儀悪く肘をついて、向かいに座る橙色の髪を持つ少年に笑いかけた。まあ、あまり近寄らないことです、でないと寿命を縮めますよ?笑顔で言われるには、少々恐ろしい内容。人と常に隣り合わせに存在している彼等は、けれど決して人と交じり合うことはない。時代の流れか、最近はとんと見ないですが、やぱり黒崎さんのようなお子さんには近づいてくるんですねえと、作務衣を着こなす男は開いた扇子を口元に当てて青褪める少年に何でもないように語る。

「大丈夫ですよ、こちらから手を出さなければ滅多な事では襲ってきたりしませんから」

その言葉に、安堵の息を吐く。だけど、胸には少しばかり恐怖が残る。それを嗅ぎ取ったのか、男は立ち上がり、一護の隣に腰を下ろしてこう言った。

「大丈夫ですよ、いざという時はアタシが助けに行きますから」

白馬にのった王子様みたいに颯爽と駆けつけますよん、と陽気に一護に抱きついてきた。馬鹿かと、冷めた口調で返す一護だが、心の中ではほんの少しばかり、本当に少しばかり、嬉しくも思っていた。












余計な事まで思い出してしまい、思わず顔に熱が集まる。一人で顔を赤くしてるなんて、怪しいことこの上ない。思考を振り切るために、頭を軽く振る。そして、視界の隅に映ったものに硬直した。浦原が、物の怪と呼んだものが、電柱の影にいたのだ。
(大丈夫、こちらから何かしない限り、それは動かないのだ)
速くなる鼓動を落ち着かせるため、浦原の言葉を胸の中で繰り返す。霊に慣れた身といえ、得体の知れないものには人並みに恐怖を抱く。決してそちらを見ないように心がけ、だけどなるべく急いで通り過ぎようとして、一護はぎょっとした。

前を歩いていた小学生のうちの一人が、じっとそれを見詰めていたのだ。
(まさか、見えてるのか?)
子供は大人に比べ、境界を越えて来たモノ達に敏感で、それゆえ、アチラ側に引き込まれやすい。まだソレへの対応を知らない子供は、目の前に現れた見知らぬものに興味を示す。

「ねえ、あれ何かな?」

電柱の影を指して、他の子供に尋ねてしまう。ソレが、ゆっくりとその小学生に向かって近づいてくる。
(これは・・やばくないか?)
慌てて前を歩く小学生に追いつき、指を差す子供の手を下ろした。きょとんと、突然現れた高校生に驚きの顔を向けてくる子供に、指を差すなと言う。

「指を差すなって、先生に言われてるだろ?」

「でも、あれ、人じゃないよ?」

人ではないとわかってはいても、危険なものという事がわかっていない子供は、無邪気に尋ねてくる。友人らしい他のこども達が、一体何の話をしているのかと訝しげな顔でこちらを見詰めている。段々と距離を縮めてくるソレに、舌打ちをして、いいから早くここから離れろと告げる。今だ理由のわかっていない子供たちを急かすように歩かせれば、不信に思った一人の子供が逃げるように走りだす。それにつられて他の子供が走りさるのをみて安堵の溜息を吐くが、困った事に、ソレは一護に気がついてしまった。追いつかれないように、けれど走り出さないようにその場から離れる。追ってくる気配はあったが、それほど速くはないので、振り切れるだろうと角を曲がったら。

「っ!」

「こんにちは、黒崎さん」

突然目の前に現れた作務衣姿の男に、一護はあまりの事に声も出せずに驚いた。ただでさえ心拍数の上がっていた状態に、こう突然現れられては、さすがの少年も鼓動が跳ねた。一瞬呼吸さえ止まり、どっと出た冷や汗と共に安堵の息を吐く。

「驚かせるなよ・・・ったく・・」

未だに収まらぬ鼓動と、混乱する頭を落ち着かせるため、ついで男の存在を確かめる為、男の腕を軽く触った。

「おや、驚かせちゃいましたか?すいません。だけど、ちゃんと助けに来たでしょ?」
白馬に乗った王子様みたいに、颯爽と。一護を落ち着かせるためか、浦原は少年の薄い肩に手を置いて笑った。

「無精髭生やした王子なんて聞いた事ねえぞ」

張り詰めた気が緩んだのか、一護にしては珍しいことに、笑顔を浮かべて冗談で返してきた。こうした一護の笑顔は、浦原に言わせると、『物凄く可愛い』だ。元々下がり気味の目尻が、笑うとさらに下がり、常にある眉間の皺が取れると、別人のように愛嬌がある。つられてこちらも目尻が下がる。しかし、一護は思い出したように、後ろを振り返った。

「浦原、そういや俺なんか変なのにおっかけられてんだ。」

影といえばいいのか、形容し難い存在を相手に伝えようと必死になる一護に、浦原は至って平素に答えた。

「ああ、大丈夫ですよ、もういませんから。」

「え?」

「アタシ、アレに嫌われてるんですよ。」

だから、アタシといれば大丈夫と、事も無げに言う男に、一護は嘆息した。

「お前、嫌われてるとか、まあ相手はアレだけど・・・笑っていうなよ。」


何かヤダ。


口を尖らせて、拗ねてるように無愛想に言われ、浦原は顔を強張らせた。
いつも、いつもそうだ。
ふとした、この子供の一言に、自分の胸部は疼痛を訴えるのだ。甘いばかりでなく、苦い程の痺れがこの身を震わせる。その後に訪れる歓喜というべきか、強い感情に翻弄されて、自分の抑えが利かない時さえあるというのに。

とばっちりを受けるのは、アナタなんすよ。

「じゃあ、黒崎さん、行きましょうか?いつまでもこんな所にいたら変に思われちゃいますからね。」

話の腰を折った浦原に、一護は納得いかない表情ながらも、わかったと小さく言った。先を歩く浦原に素直についてくる子供に、君の前を歩く男は君をどうやって食べようかと思案しているのだと、注意してやりたい。浦原商店に向かう男に、当たりまえのようについてきて、簡単に、お邪魔しますって小声で告げる君を。今日は部屋から出して上げない、とほくそ笑む男の顔は後ろを歩く一護からは男からすれば幸いな事に、見えてはいなかった。








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