8月∞日


祭りに集まったのは一護、啓吾、水色、チャドの四人だ。
たつきと井上は用事があると言って来なかったのだが、それを知った啓吾の落ち込みようは酷かった。
「なんで祭りなのに女子がいないんだよォ・・・!今度こそ井上さんの浴衣姿が見れると思ってたのに!酷ぇ!酷ぇよ一護!」
「俺のせいにすんなよ。仕方ねえだろ、たつきは部活だし、井上は本匠たちと旅行に行ってんだから」
がくりと肩を落とす啓吾は、一人浴衣姿だ。気合が入ってるなと一護は感心したが、啓吾からすれば祭りなのに軽装で来る一護たちの方が信じられないらしい。
そういえば、花火大会の時にもたつきたちが浴衣を着ていないことに何か文句を言っていたような気もする。
「夏休み最後の祭りだってのによォ・・・なんで男ばっかで・・・」
「じゃあ僕帰ってもいい?夜から約束あるんだよね」
「ああ愉しいな!やっぱ祭りってのは男同士が一番だよな!な!」
はい、と手を上げた水色に啓吾が縋りつく。浴衣姿なのにそんなに激しく動いて着崩れないのかと危惧するが、まあ啓吾がどんな格好をしていようとも一護には関係のないことだ。
「もう、いいからさっさと行こうよ。それでさっさと帰ろう」
「ひ、ひでえ・・・!」
水色が宥めながらも所々に啓吾を陥れる言葉を混ぜているのをチャドを二人でぼんやりと眺めながら、祭り独特の喧騒を愉しむ。
貴ノ茅の祭りは、一護たちの地元の祭りとは違い、かなり大きい。祭りのメインである神社は小さいが、神社から続く長い坂道を埋め尽くす出店と人の数はかなりのものである。
年々人が増えてきて、今では歩くことさえ困難な程だ。着いて早々、早速帰りたくなったが、啓吾に引き止められてそれは適わなかった。それに、水色の無言の圧力とチャドの愉しそうな様子に、一護は帰ることを諦めた。この巨躯の友人は、意外と日本の伝統文化というものが好きなようだ。無表情ながらも、神社前に置かれている神輿を見る目は明らかに輝いている。
大人しく、はしゃぐ啓吾とそれに付き合う水色の後を、チャドと二人、並んで着いていく。ただ歩いているだけで、人と肩がぶつかってしまう混雑だ。人並み以上にでかいチャドがいるからはぐれることはないだろうが、既に啓吾と水色の二人の姿は一護の視界から消えていた。
まあ、はしゃぎ飽きたら戻ってくるだろう、と近くの出店でたこ焼きとカキ氷を買って、出店の途切れて人通りの少ない道まで移動する。長い坂だ。いくつかで店の途切れる場所があるが、それのどこもが休んでいる人間で溢れかえっていた。
だから人が多いところは苦手なのだ。それに、すれ違う度に避けられたり驚かれたりするのも、一護の足を人混みから遠ざける要因のひとつ。
自然、人の少ない所を選んで進んでいくと、たどり着いたのは路地へと続く階段の上だった。出店の並ぶ坂が一望できる位置にチャドと並んで腰を下ろす。
午前中は晴れていた空模様も、今では雲に覆われ少し不穏な様相をかもし出している。もしかしたら一雨来るかもしれない。
「こりゃ降るかもな」
もそもそとたこ焼きを口にしながら空を見上げる。厚い雲は強い日差しを遮ってはくれているが、どんよりと漂う暗さはどうにも好きになれない。心に振り続けていた雨は、ルキアのお陰で上がった。
そのせいか、雨に対する鬱屈は大分軽減されたが、長年抱いていた苦手意識はそう簡単には抜けてはくれない。
「・・・大丈夫か?」
隣でカキ氷を食べていたチャドが、心配そうに声を掛けてきが、平気だと軽く返す。
実際、今ではもう軽い頭痛だけで済んでいるのだ。心配される程ではない。
ふう、と吐息を吐き出して両手を体の後ろにつく。なんとなしに祭りの喧騒を眺めていると、ふと視界が狭まった。

階段の下、人混みに紛れてたつきの姿が見える。団扇を仰いて、だるそうにしながらこちらを見上げて笑っている。片手に、水風船が下がっている。

『いつまで休んでるつもり?置いてくよ!』

そう怒鳴るのだ。そして、その隣では困ったように笑う井上の姿があって――・・・

「黒崎サン?」
名を呼ばれ、はっと視界が戻る。後ろを振り返れば、緑の作務衣を着て、縞柄の帽子を被った男がこちらを見下ろしていた。



(続きは『八月∞日』に収録)





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