社長、飛ぶ
「日本語で喚くな、愚かもの共が」
ふ、と蛍光灯の灯りが遮られたと思ったら、頭の真上からここ数年聞いた事のないようなまともな日本語が振ってきた。反射的に視線を上へと移す。
椅子から転げ落ちていた親父の襟首を掴んでいるせいで、ほとんどしゃがみ込む体勢になっていた城之内の遥か頭上に映画で見るような綺麗な顔をした男が立っていた。作業着なのか、ツナギを着ている男の姿は全体的に薄汚れている。ツナギの上半身を腰で人括りにしているその姿は、美麗な顔とは酷く不釣合いだ。
温度を感じさせない蒼い瞳が、城之内達を見下ろしている。
「貴様等が新しく来た武器商か」
それ程大きな声ではない。ともすれば低く、食堂のような騒がしい場所では聞き取り難い声音ではあったが、男の日本語は異様なまでに響いた。
「おう、そうだが…」
「では、仕事だ。仕入れて欲しいものはここの書いてある。金は幾らかかってもいいが、期日だけは守れ」
「あ、ああ…」
今だ事態を把握しきれていない城之内親子に構う事なく、その男はばさりと紙の束を城之内へと押し付けてきた。慌てて受け取り、流れで紙面へと目を走らせるが、見慣れる品名に頭を傾げた。単語単語に塗装や螺子などが書かれているから、どうやら戦闘機の備品だということはわかる。あまり詳しくない分野だから、知らない単語もあるだろうとは思っていたが、これは予想以上に、と眉間に皺を寄せている城のうちに気がついたのか、男が訝しそうな顔を浮かべる。しまったと顔を引き締めるには遅すぎた。
「…貴様、本当に武器商か、」
端麗な顔が硬く歪むのに、掴まれたせいで乱れていた襟を正していた父親が慌てて息子の手から紙を奪う。ざっと、視線を走らせる親父の顔つきにぐ、っと口に力を入れて今にも飛び出しそうな言葉たちを飲み込んだ。結局、この頑固者の親父を止める手立てを城之内は持っていないのだ。
「ああ、すまねえ、こいつの担当は日用雑貨なんだ。あんた達の乗りもん関係は俺が担当する」
「あ、おい!親父…!」
「いいから黙ってろ。あー…とりあえず明日までには金額出しておく」
「幾らかかっても構わんと云っただろう」
「あー…、わかった」
目前で交わされる会話に口を挟む間すら与えられないまま、唐突に現れた男は城之内に視線をくれずにその場を去った。道を譲るように身を引く男達の態度を怪訝に思いながら、必要以上の言葉を発しなかった男の素気無い様にじり、と憤慨に近い感情が浮かぶ。
何だアイツ、と口を尖らせていると、先ほど目の合ったパイロットが声をかけてきた。近づくとふわりと鼻を擽ったのは機械臭い、オイルの臭いだ。
「カイバ君、誰にでもあんなだから…気にしない方がいいよ」
「カイバ?」
「そう。日本語風に云うなら、カイバ、セト、になるのかな?ちなみに僕はリョウ」
「俺は克也。城之内克也。リョウって、日系?」
「おばあちゃんが日本人でね。だけど日本語は全然できないから、さっきの会話とか、司令が何言ってたのかは全くわからなかったけど」
よろしく、と手を差し出してきたパイロット――リョウと握手を交わし、おう、よろしくなーと挨拶を返したところで傍と我に返った。視界の隅に、数年前に買った、草臥れた茶色い上着が見えない。
「あ、親父――いねえ!」





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