馬の社長、走る
ごう、と。
セトの横を風がすり抜けていく。いつも感じている風とは違う。馬たちを追い抜く時とも、誰よりも前を走っている時とも違う、ぶわりと毛が逆立つような、奇妙な感覚にセトは蒼い目を見開いた。
木々が密集している柵の向こう側から、突如現れたのは栗色の一頭の馬。どっ、と力強く土を蹴る蹄が、空を駆ける。柵を飛び越える肢体に身構える間も無く射抜かれた。
伸びた体。
流動する筋肉。
セトの視線の上を軽々と飛び越えていく栗毛の馬に、セトは見惚れていた。そして、見惚れている自分に愕然とした。
とん、と馬の体とは思えぬ軽やかな足取りで着地した馬は、動けずにいたセトへと顔を向けてきた。淡い栗色の毛並みの中、額から端にかけてに白い色が混じっている。あまり賢そうには見えない顔が、きょとりと、意外と幼い表情でこちらを見詰めている。セトよりも、幾分体が小さい。見た事の無い馬ではなかった。実際に対面したことはなかったが、幾度か、遊戯やアテムと共にいる姿を遠目で見た事がある程度の、記憶の隅にかすかに引っかかっていた馬だった。確か、観光客向けに表の牧場に出されている馬だ。その馬が、なぜここにいる、と口を開きかけたところで、栗毛の馬が首を傾げた。
「あれ、なんでカイバ王子がここにいんだ?」
顔と同じ、思慮深さも何も無い言葉に、セトはびくり目に力を込めた。
「…何だと?」





戻る