「隠れるのが、下手ですねぇ」
ぎ、と。軋む音に紛れて聞こえてきた唸り声に、浦原は遠慮なく刀を振るった。飛び出してきたのは、細い体。女かと、瞬間見まごうような鮮やかな髪の色と長さに思わず刃を反す。がつりと脇腹を叩けば、呆気なく細い体は壁へと叩きつけられた。手応えはあったので、骨の何本かは折ったか、と床で蹲る体を見下ろす。
先ほどの黒一色の鬼とは違い、随分華やかな色を持った鬼だ。女かと見間違えた程に細いのは、まだ体が出来上がっていないからであろう。膨らみの無い胸を見下ろし、浦原は僅かに目を瞠った。
目の前で痛みに蹲り、それでもなお浦原に噛み付こうとしているのは、違えようも無く。
「お前、人の子か」
浦原の問いかけに、人の子は言葉では無く唸りで返事を返した。そして浦原に目もくれずに外に倒れ伏した鬼の下へと跳んだ。足は千切れ、首も皮一枚で繋がっているような状態ではあったが、人の子と思わしき少年は、構う事無く細い腕でその体を抱きしめている。あうあう、と聞こえるのは嗚咽だろうか。
浦原は、暫くその様子を眺めた。少年は何度も唸り、鬼を起こすように体を揺さぶったが、そのせいで首が落ちるとまた泣いた。幼い子供のようなその仕草に眉を寄せる。あれほどの大きさで、その行動は酷く奇異に見えた。あれほどの大きさならば、達者に言葉を使うものも居るだろうに、少年は先ほどから言葉ではなく、獣の唸りのような声しかその口から発していない。
攫われ子かと、訝しんだところに少年は唐突に浦原へと襲い掛かってきた。そう、早くもなかったが、動きの切り替えの素早さに少々驚く。しかし、大人しく襲われる気は更々無い。浦原へと伸ばされた小さな手を刀の鞘で振り払い、体勢を崩した少年をそのまま床へと踏みつけた。ぐ、と呼気の一度止まり、次いで激しく吐き出される様を見下ろしながら、浦原は冷めた目で細い体を見下ろした。
「獣だな」
いや、それよりも本能レベルが意地汚いか。
浦原の足の下でぐるると人とは思えぬうめきを上げている者を見下ろす。後頭部を踏まれているせいでくぐもった声ではあったが、がぁと喚く声には明らかな殺気と憎悪が込められている。じゃり、さらに頭を踏み潰す。
長い薄汚れた髪が地面に散らばる様はなかなかに壮観だ。見慣れぬ色であったが、浦原は鬼灯のようなその色が嫌いではない。
手足をばたつかせ、なんとか浦原の足の下から這い出ようとする人の子は先程からうめき声しか発していない。鬼に懐いている様から、恐らく人の言葉を覚える前に浚われたのだろうとは予測がつく。しかし、鬼が捕食の対象である人を、さらには肉が柔らかく美味とされる子供を喰わずに育てる理由が解らない。
踏みつけられている顔をずらし、己を足蹴にしている浦原を睨み付けてくる子供の顔に人の理性は見られぬが、予想していたよりも静かな瞳の色がある。先ほど浦原が切った鬼と、同じような瞳だ。
ほう、と眉が上がる。
人と鬼。相容れぬはずの種族同士であるが、寝食を共にしていれば似てくるものなのかと興味深く、足蹴にしている子供を観察する。
十五、六頃の歳に見えるが、鬼が住処としていた襤褸の惨状を見れば、既に人の枠から外れた存在であるこの子供が、見た目通りの歳とは考えづらい。
人の骨に混じって散らかっているのは、明らかに人外の、世の理から外れた異形の者達の残骸だ。それらを口にしていては、子供既に人では無い。
人肉を食らうものを、人は総じて鬼と呼ぶ。この子供を拾った鬼は、人肉だけでなく、同種であったあやかし達の肉さえも食らっていたのだろう。ぐるり、獣のような唸りを上げる子供の頭を踏みにじる。その度に子供の顔が茶色く薄汚れていくが、構ったことか。
「君、人の言葉わかります?ああ…別に起きなくていいですよ、そのまんま寝ててください」
腕を立て、自身の頭を抑えつけている頭をのけようともがく子供の動きを更に留めるために遠慮なく体重をかけた。みしり、何かが軋む音がしたと同時にぎ、と蛙が潰れたような声が子供の口から漏れる。少しだけ動きが収まったのを見て、足の力を抜いた。
「なんだ、強度は人と変わらないんスね…」
先ほど切り捨てた鬼と比較して、人と全く変わりの無い子供の力に浦原は落胆した。
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