ある日、いつものように浦原が一護を誘い、二人並んで森を歩いていると、突然何を思ったのか浦原は一護の手を取り、そのまま歩き始めたのだ。あまりに突拍子も無く、当たり前のように手を繋いでいる状況に唖然としている一護に構うことなく、浦原は鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌な様子で、小さな一護の手を冷たい風から守るように包んでいた。引き摺られるように数歩歩いてから、一護は慌てて手を振り解こうとしたが、そこは子供の力だ。僅かに騎士の腕を引っ張るだけで、一護の手を掴んでいる大きな硬い手はびくともしない。
何か用があった一護が手を引っ張ったのだと思った浦原は、何、と静かな森の中、声を潜めて尋ねたが、子供は何も言わず、ただ戸惑うように手と、浦原の顔を交互に見つめるばかり。ようやっと、子供が何を言いたいのかを理解した男は、慌てて手を離した。
「すみません、もしかして嫌でした?」
困ったように笑ってみせる男は、最初に出会った時から、まだほんの子供である一護に対して敬語で喋る事を止めない。普通でいいと、何度も言っているのに、男はこれが普通なんですと取り合わない。時折丁寧な言葉が崩れる事があるから、男の言い分は嘘なのだろうが、これが普通だと言われてしまえば一護からは何も言えない。
唯でさえ浦原は上背があるのだ。そんな男が、小さな子供に対して敬語を使っている姿など、流石の一護も可笑しいと感じる。それに、敬語で話される度にまるで遠ざけられているような被害妄想まで生まれてくる。もっと近づいて、人の温かさを感じたいと思っている子供はけれど、それを伝える術を知らず、結局は黙ってしまうのが常であった。
そんな態度の一護を、浦原はまだ警戒しているのかと思い、怖がらせては酷だろうとあまり触れぬようにしてきた。しかし、一護はそれでも浦原の目には愛らしく映ったし、事細かに世話を焼いてくれる姿に感謝と共に情も湧いていた。そんな思いを抱いているからか、つい幼い子供を相手にするように手を繋いでしまったが、どうやら一護はそれがお気に召さなかったらしい。
まだ手を繋ぐのも駄目なのかと項垂れたところに、別に、と小さな声がかかった。
「…別に、いい…」
どこか恥ずかしそうに告げられた言葉に、浦原は驚き、目を見開いた。
一護は先ほどまで浦原に握られていた手を所在なさげに空に彷徨わせた後、ん、とその手を浦原の方へと差し出し、手、と言った。思わずその声に従うように手を差し出せば、子供は自分よりも大きな浦原の手を掴み、今度は先行するように歩き始めたのだ。
まるで、懐かない猫がやっと、自分の手から餌を食べてくれたような。浦原は前を歩く子供には悪いと思いながら、小さな頭が揺れる度に笑みが零れるのを堪えるのに必死だった。
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